uc特設/ 弁慶と九郎(そのうち九弁)(3000字) 忍者ブログ
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 高館まであと半刻、といったあたりで、弁慶の視界に見慣れた色彩が飛び込んできた。
 林の先、ごろごろと大きな岩が転がっている向こうで、しかもこちらを向いていないから定かではない、けれど、あんなふうにくるりと癖のある橙の髪を高く結いあげ、山の高くから滑り落ちてくる風にそよそよと揺らしている人物を、弁慶は良く知っていて、そしておそらくあれも彼だろうと思った。
「九郎!」
 声をかけると人影は振り返った。やはり九郎だった。
「弁慶! おかえり!」
 すかさず彼は、遠目にも分かる笑顔とともに、俊足でこちらにかけよってきた。
「待ちわびだぞ。すっかり腹がぺこぺこだ」
「ええ、遅くなりました……ですが」
 そんな彼に、弁慶は大きく目を見開いて立ち止まってしまった。
「俺が待ってたから驚いたんだろ?」
「それは、まあ、そうでしょう。僕、何も言っていなかったのに、どうして」
「勘、というやつだな」
 目前までやってきた九郎は実に誇らしげだった。けれど……弁慶が今日、ここに帰ってくることなど全く、それこそ平泉を離れた時に「多分2ヶ月くらいで戻ります」と言ったこと以外、何も知らなかった九郎がこうして待っていた事も驚くべきだったけれど、それでも九郎の勘は時として異様によく働く事を弁慶は既に知っていたので、
本当に驚いたのは、そこではなく、
「……しばらく見ないうちに見違えましたね、九郎」
というほうがよほど、気になった。
「ああそうだろう」
「なにかあったんですか?」
 どこか自慢気に肯定する九郎に、真正面から問わずにはいられなかった。
 弁慶が離れる前、九郎はまだまだ子供、といった風体でしかなかった。実際弁慶よりも3つも年下なんだからそう見えて当然だったのかもしれない、けど、
それが今や、まるで別人のようで、あどけなさもないわけじゃなかったけれど、どちらかといえば、青年的な若々しさ、と言った方が近い。凛々しささえも感じるほどだ。これは実は九郎ではなく、彼の年の近い兄だ、と言われた方が納得しそうなほどだった、実際そんな人物がいるのかは知らないけれど。
 声も少しだけど変わっていた。九郎はもともとそんなに声音の高い子供ではなかったけれど、いくらか低くなり、いくらかかすれている。
 弁慶はかける言葉を完全に見失っていた。まさか、たった2月でこんなにも様変わりするなんて。
 そんな弁慶に気付きもしないで、九郎は先ほどのように上機嫌に語る。
「お前がいなくなってから、御館のところに控えている方たちによくしてもらったんだ。武士としての志や、ふるまいを教えてもらった。稽古もつけてもらった。やはり強い方が多いな。あと、御館には、狩りにも連れて行ってもらったぞ。泰衡も一緒だった。あいつもあまり弓は上手くなかった」
「ああ、それで」
 口を開けば、やはり無邪気さが混ざる。九郎だ。それでもやはり、以前までのものとはどこか一線を画すると言わざるを得ない雰囲気を持ち合わせていた。
 とはいえ、彼本人の言葉でようやく納得がいった。そういうことか。
「平泉に来てよかったですね、九郎」
「ああ!」
 頷く様にも若干の頼もしさが混じっているようにさえ感じた。
 やはり環境というのは大事だ、九郎はここに来て正解だったのだろう。それは、とてもいい事だ、けれど同時に弁慶は少し困った。……正面から見ていると、妙な気まずさを感じる。この僕が、と思えど、繕うことがやっとという体たらく。そもそも繕えればこんなに動揺することもないのだけれど。
 気分は、背水の陣。
「背もだいぶ伸びたぞ」
 ついせわしなく瞬いてしまう弁慶に、腰に手を当て九郎は更に言った……本人その気はないのは分かっているけれど、完全な追いうちだった。
 襟元をつかみ息を抑えながら改めて彼を見やると、確かに隣に並ぶ頭の位置が以前と違うような気がする。
「多分、お前よりも高いんじゃないか?」
「そんなことはないでしょう」
「いいや、高い」
「言い切りますね」
「お前こそ認めないな」
 そりゃ、九郎に抜かれたとなったら悔しい、というのを差し引いても、自分の方がまだ目線が高いように思えた。
「だったら、測ってみましょうか」
「望むところだ」
 丁度近くに適当な木があったのを見、共に頷いた。
 まず、九郎が弁慶の背丈の所に腰差で傷をつけた。交代して、今度は九郎を木の前に立たせる。と。
「……まさか」
「ほら、俺の方が高いだろ?」
「一寸の半分の、その半分にも満たないほんの少しの違いだけです」
「それでも勝ちは勝ちだ」
 九郎は木に持たれるのをやめ、弁慶の鼻先にまで近づき、高らかに告げた。真正面から交差する視線。
「……」
 きらきらと光る瞳が弁慶を覗き窺う。まっすぐで、けれど、いくらか細められているせいだろうか、与える印象は随分と優しく、人懐っこい。元々、人の目を引く雰囲気や笑顔を持っていた九郎、とはいえ、これは、ちょっと。
「どうした、言葉も出ないほど悔しかったのか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
 たぶん、やりとり自体を文字にすれば、いくらかも変わってないはずだ。ずっとこんなだったし、なによりいくら周りに武士としての師がたくさんできたからって、たかが2月でそこまで変わられたら困る。
 要は、見た目と声だ。外見だけだ。分かっているのについ、口元を手で覆いながら一歩下がってしまう。
 言うなれば、完全に見惚れていた。
「弁慶?」
 九郎は不思議そうだ。当たり前だろう、弁慶自身にとってもこの動揺はありえない。
「すみません、君があまりにもいい男になっていたので、照れてしまって」
「褒めても何も出ないぞ」
 嘘もつけず本音を口にしたけれど、幸いにして都合よく九郎が冗談だと受け取ってくれたようだ、けれど……それすらも、九郎にはあるまじきことだったはずだ。
「君は……本当に変わったんですね」
 改めてまじまじと九郎を眺めると、ようやく九郎がいつものように髪を揺らしながら照れてふてくされた。
「さっきからなんなんだ!? しつこいぞ」
「そうですね」
 それに、弁慶もようやく少しだけ笑えた。やはり九郎はこれくらいの方が安心する……なんて、重症だ。外套を握りしめながら大きくため息をついた。
「弁慶お前、本当に平気なのか? よく見ればぼんやりしているみたいだけど」
「君の顔をみたらどっと旅の疲れが出たのかも。一晩寝ればなおりますよ、多分」
 確証はなかった。けれどそうであれと、久しぶりに九郎を見たから、少し自分は舞いあがってしまっているだけであって欲しい、と願わずにはいられなかった。
 生じた感情は、善し悪しで分けるなら、まず善だ、けれどもこのままだったら、毎日こんなに九郎の一挙一動に目を奪われ続けたら、幾日も持たずに参る。きっと九郎を短気だとからかえないほどに。
 ……もしかしたら彼の短気すらもなくなっていたりするのだろうか。いやまさか。
「そうか、だったらいいな」
 こちらの気も知らずに、九郎は全く呑気に言う。弁慶は静かに顔を背け目を伏せた。
 もしこれが今日一日限りの幻術かなにかでないのならば、せめて早く慣れてしまいたい、と、切に思った。恋の駆け引きを楽しめるくらいには。

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