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  <title>uc特設/</title>
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    <title>ヒノエと弁慶（弁ヒノ…？ヒノ弁？）（かきかけ）（完成するかはびみょう）</title>
    <description>
    <![CDATA[「あいつは呪術とか好きだからな」と聞いたことがあったし、彼がそのような書物に興味を示している姿もずっと前から繰り返し見かけたことがあった。<br />
だから、きっと自分にも呪詛をかけたのだ、と思いたくなる瞬間が、それがただの現実逃避だとしても、ヒノエのそう長くもないだろう、少なくとも彼よりは嵩の足りない人生の中で、とはいえ、何度もあった。<br />
自分の感情に責任を持てないとか、他人由来にするとか、そんなの性分じゃない。特にこんな、恋、なんて分類されるのであろう感情なら尚更だ。胸を張って、彼が良いと思ったから好ましいと思ったんだ、と言いたい。熊野の男なんだから殊更に言いたい。他人が同じことを言っていたら何言ってんだだせえとか絶対言うに違いないと思う、けど、ヒノエからしたら、もう、どうにもままならなさすぎて恨みたくなることが、多々あったのだ。<br />
自分でも情けないし弱音だし未熟すぎて悔しくて仕方が無いが、相手の本音が分からないのだ。<br />
ただでさえかなり年上で、近しすぎる親類で、向こうは幼いころからヒノエの事を知っている。それだけでもまあ、分は悪い。その上相手は口先から生まれてきた、を地で行く男であったので、それはもう、ヒノエは延々と、それこそ恋心に気付くよりもずっと前から、煙に巻かれ続けてきた日々だった。<br />
素直に好意を（もちろん肉親としての、だ）を抱いていた幼い頃からいいようにあしらわれている、と、子供心に勘づいていた。腹を立てて無視をしてみれば、そのまま相手からは触れてこなかったのですぐやめた。だから、どうにかこうにか相手にしてやったり、という顔をさせたい、と、いわゆる「ませた子供」の振る舞いをするようになった&hellip;&hellip;のは、彼だけに起因しているとは思ってないし、思うのも、熊野別当（当時）の嫡男として許せないけど、一因になったのは認めざるを得ない。<br />
楽しかったのだ。自棄になってた部分もあったけど、京をはじめとした外の世界の話を、仏やら薬やらの知らない知識の話を、聞くのが好きだったのだ。<br />
たとえあの、見た目よりずっと荒れた手で「ヒノエは賢い子ですね」と頭を撫でられるのが嬉しかった思いも切り捨てられないほどだったとしても、好きだったのだ。<br />
そう、そうしてただ、「外から来た珍しい客」に「褒められる」ことを、思いの他望んでいたのだ、と気付くようになったのが、ヒノエの努力の結果、彼が、ヒノエとそれなりにまともにつきあってくれるようになってからだった。<br />
と同時に、おそらくそれが恋の起点となるのだ。彼の手のひらの心地よさが、いくつの朝と夜を越えても、繰り返し、繰り返し、夢にまでみてしまうほどのそれが、最初はただの執着だったとしても、恋としてのはじまりなのは、間違いないのだ。<br />
ヒノエはそう信じている。<br />
<br />
とはいえ恋に生きる熊野の男として、これだけで終わるなら良かった。彼がそれだけの、ただ、少しだけ人と心の距離を取るだけの人間だったなら、口説き落としてしまえる自信があった。それはあの頃から５年を経て名も改めた今、なお確信を強めている。ヒノエは自分に自負を持っている。<br />
だが相手が悪かった。そんな彼だから恋をしたのだ、という点が、まさに、呪詛としか言えない要因であるのだけど、悪かった。<br />
ただひとり、と、恋情を抱いて気がついた。ヒノエには彼の本心がとんと分からなかったのだ。<br />
<br />
もともと分かりにくい人だとは子供心にも思っていた。<br />
まず誰に対しても微笑んでばかりの人だった。にこにこと優しそう、というよりは、小さいヒノエにさえ利発、という印象を与える笑みを浮かべていた人だった。怒ったところはまず見なかった。１０にもなればそれが普通じゃないことくらい気がついた。<br />
表情を変えるのはおおよそ彼の兄、つまりヒノエの父の前でくらいだった。父の前では彼は笑うし膨れる。が、やはり、会話を聞いてるとくだらないことばかりで何を言ってるのか、言いたいのか分からない。意味の無い会話を楽しみたい時だってあるだろう。が、度がすぎている、というか、まるで言葉遊びを繰り返しているようにしか、いつしかヒノエには見れなくなっていた。<br />
世の女人に対している姿を見るようになった時、その思いはますます大きくなった。<br />
彼が源氏に与するようになった頃だ。その頃ヒノエも熊野の外へ出向いて見分を広めることに夢中になっていたので、主に、よく京で彼に会った。<br />
そこでの彼は「弁慶先生」だった。熊野での「別当家の親類」である彼とはまた違う、いくらかくだけた姿の彼は、姫君たちによく囲まれていて、実に調子のいいことばかり並べていた。<br />
別に、姫君を口説くことを言及したいのではない。ヒノエだって姫君と言葉を交わすのは好きだし、それは熊野の男の嗜みだ。だが彼とヒノエとでは姿勢のようなもの、が、全く違った。<br />
たとえばヒノエは彼女たちを言葉を交わす事を楽しんでいる。美しいと褒めれば喜ぶ花達の姿を愛おしく思っている。どこか出掛けないかと誘う時はもちろん本気で楽しむためだ。実際に街を巡ることになればそれは有意義な時間になるだろう。誘いを受ける時だってある。その場合も乗る時はのる。駄目な時はきっぱり断る。これが礼儀というものだと思っている。<br />
対して彼は、ヒノエから言わせると不誠実なのだ。まず彼は大抵褒める。それはいい、が、別にただ褒めているだけなのだ。しかも、真剣そうな振る舞いで、じっと眼を見つめてやられたら、彼に懸想している娘でなくたって心がぐらつくものだろう。<br />
もちろん京は都だから、そういうのに手慣れている女人も山ほどいる。それならいい、が、彼は、ヒノエのように誘いたいわけではなく、素で、軽さも含ませず容赦もせずに称えるのだ。傍から見ていて気が気ではない。こんな男に騙されるのは姫君の貴重な時間の無駄でしかないのだから。<br />
その上見ていて更に気がついた。彼が褒めるのは姫君だけではなく、男でも老人でも、おおよそ人というものなら誰でも褒めるのだった。熊野にいた時には気付かなかった&hellip;のは、熊野で彼と、ヒノエと、共に邂逅した人間と云うのはたいてい、熊野の民で、つまりヒノエからしたら好感を持っている相手だったので、それがいわゆる「世辞」だと気付かなかったのだ。<br />
だから京で、彼のよくよくまわる口先を見た時のヒノエの心境といったら無かった。<br />
「ねえよ！」とつっかかったら「なにがですか？」としれっと返されて、にっこりといつものように微笑まれて、腹がたって飛び出してしまった程だった。<br />
&hellip;&hellip;理解できる部分は、あるのだ。彼は幼い頃から京の寺育ち。様々な人間に囲まれて生きてきたのだろう。都という土地柄、比叡という名門、どれだけ様々な身分、性格の人間に相まみえる機会があったのか。その中で、相手の気分を良くする、というのは確かに有効だったに違いない。「九郎の軍師」という立場なら尚の事重要だろう。熊野本宮別当の嫡男として育ち、どちらかと云わずとも「上に立つ」立場ゆえに舐められてはいけないヒノエとは違う。飛び出してすぐ、きちんと理解した。<br />
だからその事自体はいい。<br />
問題は、彼があまりにも、当たり前に、誰かれ構わずそういう態度をとっているという事実なのだ。<br />
京の街の患者、学友、貴族、熊野の民、そしてヒノエにさえ。<br />
比較的、認められていると思っていた。どちらかといえば特別扱いされているとも思っていた。<br />
そんな自負が、足元からがらがらと崩れ去った瞬間であった。<br />
それからも、ずっと、ずっと、ずっと、彼のヒノエに対する態度が、街の人へのそれと変わり映えすることはなかった。<br />
ヒノエが熊野に一度戻ってまた京で再会しても、それが田辺や伊勢に移っても。父と共に厳島攻めに出向く直前も。敗北の後に戻ってきても。ヒノエが別当になっても。少しも。むしろ、距離さえ感じて。<br />
それでも想いは募ってゆくばかりで、会いたい、会いたい、会って、知らない笑顔で笑って欲しい、心を揺らして欲しい、と、夜な夜な繰り返す心は、ほら、呪詛としか言いようがなかったのだった。<br />
性質の悪い呪い。<br />
そんなもの、「甥っ子」以上の関心がないあの叔父がかける訳がないと、理由がないと、理屈では分かっていても。<br />
かけてくれるくらい、彼を好むように想ってくれていればいいと願わずにはいられないのだった。<br />
<br />
そんな彼を「分かりやすい」と評した男が３人いた。<br />
一人目は父だった。「たしかにあいつはああだけど、目的のために手段は選ばないからな」といつだか笑って言ったそれは確かに同意だった。でもそういうことじゃない。何企んでるのか分からない、と、ヒノエがなおも云い募ると、「お前に害を与えることはねえよ、ほっとけ」で片づけられた。逸れじゃ足りない、と、さすがに実の父に言うだけの勇気は、ヒノエにもなかったので、それ以上聞く事はなかった。<br />
二人目は九郎だった。彼とは１０年来の親友だ！と胸を張る彼はなるほど確かに一番近しい人物だった。が、九郎が何をもって彼を「分かりやすい」と云うのか、ヒノエにはさっぱり理解できなかった。その話をした朝だって、まんまと言いくるめられて好物の栗をいくつかかっさらわれていた癖に。指摘すれば「確かにそうだが」と言い淀みつつ、けれど彼も続けるのだった。「それでも、あいつはいいやつで、楽しい時には笑うし、怒るし」と言われてしまえば、結局父と同じ側の人間に聞いた自分が馬鹿だった、と、両手を翳して退散するしかないのであった。<br />
<br />
ので、成程そうかもしれない、と、きっかけを抱いたのは、三人目の男、八葉の仲間でもある景時の言を聞いた時だった。<br />
「弁慶？　うん確かにまあね、さすが軍師だな読めないな～って思う事たくさんあるけど、でもヒノエくんなら見透かせるんじゃないかな？　案外分かりやすいと思うよ」<br />
叔父より年上の景時は、いつものように飄々と口にしたけれど、ヒノエは顔をしかめてしまう。<br />
「こちとら何年も見て言ってるんだけど」<br />
「はは、そうだよね。けど俺も、なんだかんだここ２年くらい同じ街を本拠にしてるし、今でこそこんなだけど、元は仕事仲間だからね。随分観察させてもらった成果かな？」<br />
観察。とは物騒な。と、若いヒノエは思ったけど、よくよく考えれば自分も大差ない事をしている、と、気がついたのでそのまま質問を返す。<br />
「自信ありそうだね？」<br />
「まー。九郎ほどじゃないとは思うけど。って、お客さんかな」<br />
声にそちらを見れば、ちょうど梶原屋敷の入り口で、弁慶とどこぞの姫君が話をしている。口笛吹いてやりたくなったけど、その前に景時が指を立ててヒノエを制した。]]>
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    <pubDate>Mon, 04 Apr 2016 13:08:24 GMT</pubDate>
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    <title>泰衡と弁慶(10000字)</title>
    <description>
    <![CDATA[※<span style="text-decoration: line-through;">もうちょい手直し入れると思うけど公開してみる</span>いちおうなおしてみた<br />
<br />
<br />
　雪かさが減り、渡り鳥が空高くを飛ぶ頻度があがる頃に旅立って行く頃になると、次の季節が南風に押し上げられ訪れる。<br />
　春の始まり。北の民が待ちわびる季節。まだ元服も済ませたばかりの頃から、偏屈だの情が無いだの、周りから散々言われる（そしてそれを気にもかけていない）泰衡でさえ、心待ちにする季節だ。それはもう奥州の民の摂理であり宿命なのだ。全てが息吐き動きだす季節。冬の留まりを知るからこそ春の尊さを敬うのだ。<br />
　だが。泰衡が１０代半ばであったある年。その年の風は厄介事まで連れてきたのであった。<br />
　それは、名を源九郎義経と云った。泰衡の父に縁のあるという、源氏の御曹司。その男が、花にが色をつけ広がっていくのを追う獣かなにかのように京から訪れたのであった。<br />
　九郎義経。追々、彼によって望む望まないより先に、人生も運命も、あるいは性格さえも決定づけられてしまう泰衡からすれば、「厄介」以外にいいようのない相手だ。それでも「都から源氏の御曹司が来た」と最初に耳にした当初に抱いた感情は&hellip;&hellip;、抹消したい記憶なので口に出したことすればいが、実は、それなりに純粋な「期待」だった。　落ちぶれたとはいえ、高名な武家の子供。しかも都住まいだというのだ、それなりの知識や振る舞い、資質をもっているのだろうかとか、ならば自分が鼻をへし折ってやろうとか、そんな風に思ったりしていたのに、<br />
対面してみたら。<br />
　初対面からして、だった。父を介して顔を合わせた泰衡の前で、彼は必要以上に緊張してがちがちだった。足をかければ簡単に転びそうなほどに強張った歩き方をしていて、これがかの源氏の御曹司なのかと目を疑った。<br />
　泰衡がいよいよ顔を顰めたのはその後だった。こんな調子だったというのに、ひとたび名を名乗りかわした、それだけで彼の様子は一変したのだ。急に顔に感情を乗せる事を躊躇わなくなって、言葉使いも多少とはいえ震えが取れ、遠慮も消え失せ&hellip;と云えどもさすがに無礼であったというわけではなく、つまりは馴れ馴れしかった。余程、父の郎党の子供の方がきちんとしている、と思ってしまうほどのその御曹司の印象は、ああ成程、父が好きそうだ、という言葉に集約されるそのままで、そして実際その通りであり、<br />
つまるところ、泰衡からすれば苛立つばかりの人間であったのだ。<br />
<br />
　そうして可愛い御曹司と自分の息子を、父はしばしば並び立たせようとしていた。比較させて互いに励めよ、とでも言いたかったのかもしれないが、御曹司と自分とではあまりに性質が離れすぎていたし父もそれを分かっていたのだから、父は深く考えてはいなかったのだろう。泰衡からみてもそういう人間であったのだ。<br />
　そして泰衡はそれを厭んだ。もちろん、時間が経つと同時に少しずつ零れ始めた、彼の『御曹司』たる性質と並び比べられたくなどなかった、などという理由ではなく、面倒だったのだ、あの二人に関わる事が根本的に。だがらそれを臆面もなく態度に出していたと言うのに、父は笑って取り合わず、御曹司など、まさに鬱陶しいほどにじゃれついてくるものだから、ますます面倒になった。元々気が長い方ではないと自覚していたが、彼が来てから更に悪化した。ああ、悪化したのだ。あれのせいで。それはもう違えようがなく。故に、御曹司殿にお前はいつも細かすぎると云われる度に貴様が云うかと睨みを利かせるのは恨みではなく、当然の感情だったのだ。<br />
　<br />
　他にも数え切れぬ要素と共に、九郎が来てから泰衡の生活はがらりと様を変えた。のだが、本当のところ、九郎は泰衡の眉間のしわを増やしはしたものの、頭痛の種にはならなかった。父で慣れていたし、なにより、彼の主張は、同意するしないは別として、常に分かりやすくはあり、御しやすくもあった。<br />
　だから、当時、南からやってきた厄介事く&hellip;&hellip;邪魔だとすら、心の底から疎んでいたのは、彼の隣にいた自称薬師の少し年上の男の方であったのだ。<br />
<br />
　弁慶、と九郎が笑顔で呼びかける彼は、やはり笑顔で九郎に接していて、また、泰衡をはじめ平泉の民にも最初の最初から実に穏やか振る舞いで接していたものの、泰衡からすればどうみても、最初から、本当の最初から胡散臭かった。警戒を隠せない程度には、明らかに癖のある空気を纏っていたのだ。<br />
　そして九郎に対しても初対面の印象が泰衡の中で覆らなかったように、弁慶に対してもまた、変わる事は一切なかった。<br />
　とはいえ泰衡も奥州平泉を統べる藤原家の嫡男。そういった類の人間に無縁なわけではない。ので、そういった人物像を嫌悪していたというわけでもない。が、弁慶の場合はただ、あの馬鹿正直な九郎が素直に慕っている、というその事実が胡散臭さや不気味さに拍車をかけている、と、泰衡には映っていた。<br />
　常に丁寧な物腰と笑顔で、けれど頭の中では常に違う事を考えていますよーという風を隠しもしない。そしてそれを気づかぬ御曹司。疑いもしない。手玉に取られているのでは、とすら思わざるを得ない。そしてそれを正そうともしない自称薬師。<br />
　当然に相容れぬと思った。道で、屋敷ですれ違えば皮肉を飛ばし鼻で笑ったりした。ただし、それも最初だけ。弁慶はまともに取り合いもしなかったのだ。実に賢い男だった。口先でひらりとかわしそうして的確に泰衡の怒りを誘ってばかりいた。僕をからかうのはいいけれど、ただで済むと思わないでくださいね、なんて、瞳に言葉を乗せて。それに負けたわけじゃないけれど&hellip;&hellip;、当時の自分では、彼の顔をゆがませるのは到底無理だと早急に悟った泰衡は、次第に彼と距離を置くようにした。せざるを得なかった。<br />
　自分が劣っているとこんなにはっきりと、腹正しくも思ったのは久方ぶりであったのだから。<br />
<br />
<br />
　そんな風に過ごしつつ、季節は巡り、最初の夏が過ぎた頃合いだった。<br />
　その日、泰衡は父の使いで、九郎の住まう高館の邸を訪れた。<br />
　入り口で声をかけた。が、誰の返事もない。<br />
　相手が相手だし、待とうという選択肢すら思い浮かべず、泰衡は勝手にあがりこみ、もう一度九郎の名を呼んだが、やはり誰の返事もなかった。<br />
　そのまま勝手知ったる家の中をぐるぐる巡る。というほど広い家ではなかったから、すぐに突き当たった。しかし誰もいない。出なおすか、と、泰衡は息を吐き、手にしていた筒状の書状を乱暴に手で叩いた。<br />
　その矢先。丁度立っていた、一番奥の間のその隣から、ごとごとと音がしたのだ。<br />
　野党だろうか？という考えは一瞬頭を過った。ここに『御曹司』が住んでることは皆が知っている。物取りが入ってもおかしくはない。<br />
　武術に長けているとは言えない己を鑑みて、泰衡は一瞬、迷った。けれどそれは本当に一瞬。すっと忍びより、小太刀を抜き、左手で一気に隣室へ続く戸を横に引いた。<br />
「何者だ！」<br />
「っ！？」<br />
　そのまま小太刀を突き出したが、中にいた人物も息を飲み飛びのいた。早い。見事な動きだ。<br />
　が、驚いたのは泰衡も同じだった。ごとり、と、手に持っていた書簡を落とした。<br />
「&hellip;&hellip;ふう、泰衡殿でしたか。脅かさないでくださいよ」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;あ、ああ」<br />
「泰衡殿？」<br />
　弁慶が首を傾げた気配がした。が、泰衡は、空返事しか返せなかった。<br />
　普段だったら、『声はかけたのに返事をしない貴様が悪い』くらい平然と言ってのける泰衡が、驚き戸惑っている様に、中にいた弁慶も、きっと似たように戸惑っている。<br />
　泰衡からしたって不覚だった。それでも。<br />
　目の前の、弁慶の背後の光景に言葉を失わざるを得なかったのだ。<br />
　床の上は一面、紙、紙、紙。部屋の隅にはなにやら怪しげな仏像やら巻物が転がっていて。<br />
　言うなれば、賊にでも入られたかのような惨状。が、もちろん泰衡はその散々とした光景に驚いていた訳ではない。<br />
　量に圧倒されたのだ。<br />
「&hellip;&hellip;ああ、これですか？　僕、もともとこういうものが好きなんですよ。平泉にも興味深い本がたくさんあるので、つい集めだしたら止まらなくて」<br />
「これは最早そういう問題ではないだろう！」<br />
　半年だ。たった半年でこれだけ集めるとか、確実に常軌を逸している！<br />
　何でもなく言った弁慶に泰衡は思わず叫んだが、やはりふふふと弁慶は笑みを崩さなかった。<br />
「なんだか九郎みたいな言い方しますね、泰衡殿」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　それにますます眉を吊りあげた。&hellip;&hellip;が、不本意ながら、この時ばかりは九郎の気持ちに同調していたと、口には出さなかったけれど認めた。<br />
　認めつつ、口論などするだけ無駄だ、と、すっかり知っていた泰衡は、彼に構うかわりに、足元に落ちていたひとつをおもむろに手に取った。<br />
「ああ、それは、京の陰陽師が５０年前に記した呪術について書かれたものなんです」<br />
　するりともたらされた解説。もちろん映しですけれどね、と、告げたその声はどことなく上気しているような気がしたが、一瞥だけして泰衡は書に目を落とした。<br />
　見た事が無いものが広がっていた。不可思議な図形、耳慣れない言葉の羅列、知らない単語&hellip;&hellip;それは、全く知らなかったものばかり。<br />
　一目で興味が湧いてしまった。ぱらぱらとめくってしまった。<br />
「興味あるのでしたら、本をお貸ししますよ」<br />
　そして没頭してしまった、と気がついたのは、いつもと変わらぬ口調で言われた時だった。それにさえ素直に顔をあげてしまって、やってしまった、と思ったのも後のまつり。その上、常ならば胡散臭いと一蹴する彼の唇が弧を描く様から目を逸らせなかった&hellip;&hellip;それでも、必死の想いで泰衡は首を横に振った。<br />
「いや、不要だ」<br />
「別に何か企んでいるわけではないですよ。御館だけでなく、貴方にも世話になっている身です。そのお礼、ですよ」<br />
「それはいつか九郎に貰うから構わん」<br />
「そうですか。泰衡殿がそんなに気が長いとは、知りませんでした」<br />
「今から覚えておけ」<br />
「遠慮深いとも思っていなかったんだけどな」<br />
「遠慮ではない」<br />
「では照れですか？」<br />
　ふふ、と笑う弁慶を、泰衡はすっかりいつもの調子で睨んだ。それで怯むどころか楽しそうに笑うばかりの弁慶だったので、泰衡はいよいよ眉間にしわを寄せつつ、手に持っていた書物と共に、父の書簡をぐい、と押しつけた。<br />
「これを九郎に渡しておけ。俺は帰る」<br />
「残念ですね」<br />
　踵を返した泰衡に、弁慶は一瞬、心底残念そうな声をかけた。が、どうせ演技だっただろう。<br />
「いつでも来てくださいねー！」<br />
　と、次にかけられた言葉は随分と朗らかで、ああ、腹立たしいものであったのだ。<br />
（その手には乗らぬ！）<br />
　ここで貸しを作るのは得策ではない。泰衡はそう疑っていなかった。<br />
<br />
　故に、それらへの興味が失せたという訳ではなく。<br />
　高館の邸を出た泰衡は、その足で街へ行き、早速そのような品を探し歩いた。<br />
　弁慶が散々集めきった後だからか、思ったほど入手できなかったが、それでも余所者ではない『泰衡』だからこそ手に入れられるものもあり、まず納得できる程度の量はすぐに集まった。<br />
　泰衡は没頭した。新たな世界は、それこそあの黒衣の薬師が実に好みそうな、場合によっては禍々しいともされそうな知識は、簡単に泰衡を魅了した。呪術、龍脈、陰陽術。それらは彼の地を豊かにするのに必要なものだった。利用しない手はなかった。<br />
　それ以前に、御曹司が夢中になっている剣術などより、泰衡にとっては余程楽しい、と、思えるものだったのだ。<br />
　最初は手ごわかった。が、理解してゆくうちに、更なる知識を欲し、また文献を探し&hellip;&hellip;簡単に夢中になっていた。<br />
<br />
<br />
　それから更に半年ほど後だったろうか、父の使いで高館に赴いた折、また九郎が不在で弁慶が一人きりだった時があった。とっとと用を済まし去ろうとした泰衡に、随分とにこやかに弁慶は話かけられた。「そうそう」と、引き止めるような言葉を聞いた瞬間から厭な予感しかしなかった。<br />
「お聞きしましたよ」<br />
「何をだ」<br />
「陰陽にまつわる文献を、随分と読んでおられるそうですね」<br />
「お前には関係ない」<br />
　一体どこから聞いたのか。泰衡は眉を思いきり顰めた。が、あれだけ派手に動いていれば、弁慶が何も探らずともつつぬけだったであろう、と思いなおし、簡潔に返すにとどまった。<br />
　が、突っぱねた泰衡に、あんまりな事を弁慶は言った。<br />
「関係ない、って、酷いですね。僕、泰衡殿の師匠じゃないですか」<br />
　それは泰衡の目を見開かせるには当然、十分だった。<br />
「&hellip;&hellip;は？　師匠、だと？　誰が！」<br />
「ふふ、そんな風に意地張らなくても、僕の部屋のものだったら、自由に読んでくださって構わないですよ。君にこの世界を教えてしまった師匠ですからね」<br />
「&hellip;&hellip;何が言いたい」<br />
「何って、最初から言っているじゃないですか。好きに読んでくださって構わないです、と」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;何を企んでいるのかと聞いている。そもそも、あれくらいで師匠面するのか、貴様は」<br />
「企んでなんかいないですよ。&hellip;&hellip;そこで疑われるとは思わなかったですね。何も無いです。同じ趣味の仲間が増えるのはいつだって嬉しいものです。特に九郎には顔をしかめられてばかりですから。なのでまあ&hellip;&hellip;、ついでに師匠って名乗ってみてもいいかなと」<br />
「冗談じゃない！」<br />
　あまりの言いがかりに、最早泰衡は声を張り上げるしかなかった。よりにもよってこの腹黒にそんなことを言われたならば、否定しなければ何が起こるか分かったものではなかった。<br />
「貴様の手柄にするな。いいか、俺と、お前は、関係ない！」<br />
「泰衡殿からしたらそうかもしれないですけど、僕からしたら、恩人なのだけどな」<br />
「&hellip;&hellip;俺が保護しているのはお前じゃなく九郎だ」<br />
「それはそうですけど&hellip;&hellip;うーん、泰衡殿も本当に頑なですね。じゃあ仕方ないですから、そういうことにして差し上げます」<br />
「どういうことだ」<br />
　どんどん話がずれてきている。だからこいつは嫌なのだとこめかみを押さえてしまった泰衡に対し、弁慶は変わらずにこやかに、上等の笑みを浮かべていて、それを見ているだけで泰衡の怒りは更に増していくようで。<br />
「とにかく、この件に関して、俺は貴様とは一切の無関係だ。頼る気もないし、慣れ合う気もない。以上だ」<br />
「つれないですね。いいじゃないですか、学友。僕あまりそういうのに縁がなかったので、憧れだったんですよ」<br />
　ふう、と息吐く姿に、もしかしてこれは、彼のものと引き換えに泰衡の所蔵を見せて欲しいだけなのではないだろうか、ともちらりと思った。それは、別に、構わなかった。が、師弟だとか恩人だとか言われてしまえば、申し出る気すら起きなかった。<br />
「九郎に期待するんだな」<br />
「そうですか、では伝えておきます、泰衡殿が九郎と剣の稽古をしたがっていたと」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　誰が、この男と仲良く机を並べたいと思うのか。<br />
　少なくとも、九郎との剣術稽古と天秤にかける程度には、泰衡は御免であった。<br />
　もちろんどちらも選ばなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
　とはいえ。<br />
　弁慶と言う男はそもそも、頭は悪くない。けして。落ちぶれた源氏の御曹司の友人として、平泉でただ呑気に生きてゆくにはいささか勿体ないと、口には断じて出さないが思っていた。<br />
　その彼が、どうして、世話になっている泰衡&hellip;&hellip;しかも奥州藤原家の嫡男である自分を、弟子扱いし、怒らせたのか&hellip;&hellip;。それは本当ならば、深く考えるべきところであった。<br />
　からかうにしたって、彼と泰衡の関係、性格を思えば、あれは随分と踏み込んだ態度であったのだ。きっと意図があった。その答えを導くことはできずとも、探りをいれてみれば、あるいは、素直に『弟子入り』してみればよかったのだろうか&hellip;&hellip;。<br />
　と、ふと想いを馳せるようになったのは、薬師が九郎と共に、数多の文献を置き去りに、源氏の戦場へと赴いた数年後、平家が都落ちしたとの報を聞いてから幾らか経った頃だった。<br />
　どうやら京が龍の神の加護を失ったらしい、と、平家が没落したのはそのせいではないか、と、極秘裏に、父も知らぬだろう噂を耳にした時、何故だかふと、高館の邸で静かに物を読んでいた弁慶の姿を思い出したのだ。<br />
<br />
　泰衡は高館へ向かった。<br />
　そして彼の残したものを、次々と手に取り目を通した。<br />
　あり得ない話ではないと、それらは雄弁に語っていた。<br />
　龍脈に関わる呪詛についてのものが、あまりにも多く、偏り過ぎていた。<br />
<br />
<br />
　もしかしたら。<br />
　人の範疇として『正しくない』呪法を彼が施したと云うのならば、彼は、敢えて泰衡を怒らせて、遠ざけ、自分のやろうとしていることを悟られぬように、暴かれ騒がれ邪魔され足を引かれぬようにしていたのではないか、と、考えるのは、穿ちすぎかもしれないけれど、<br />
&hellip;&hellip;どうしてか、あり得ない話ではないのではないかと、浮かぶあの胡散臭い笑みと共に、思ってしまったのだった。<br />
&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;あるいは。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　数年後。<br />
　九郎が平泉へと再びやってきた。<br />
　兄出陣の報を受けて飛んで行ってしまった時が今生の別れとは思っていなかったが、再会する時は平泉ではないだろうと思っていた。京か、あるいは坂東で、揺るぎない地位を手に入れた彼へ祝いの品を持ち参上することになるのだろうと、思っていた。<br />
　&hellip;&hellip;少なくとも、こんな形になるとは、いくら泰衡でも思っていなかったのだ。<br />
<br />
　父に迎え入れられた九郎は、流石に気落ちしている様子だったが、終始懐かしそうにあちこちを見て回っていた。郷愁。平泉を離れた事のない泰衡には持ち得ない感情だったが、推測するのは容易かった。泰衡もまた、彼にそういった感情を抱いていたからかもしれない。<br />
　九郎は変わっていなかった。相変わらずに泰衡とは相容れぬ存在であった。その分、過去の彼が持ち得なかった濁りや陰のようなものが浮かび上がる。同情は無かった。多少清々したところもあった。何より。隠しもしない、できない彼に、否応なしに時の流れを感じた。<br />
　そして、相も変わらず彼と共に来た弁慶も&hellip;&hellip;矢張り、過去とは違う風に見えたのは、あの京に纏わる噂を聞いてしまったせいかもしれないが、当然に張り付けた笑みの裏に、泰衡でさえも見て取れる疲れを滲ませているようで。<br />
（くだらない）<br />
　心に浮かんだ生ぬるい、腑抜けた感情のかわりに、ふん、と、鼻を鳴らして彼らを迎え入れた。<br />
<br />
<br />
　なので、彼らと、特に弁慶と慣れ合う気などなかった泰衡は、昔話に花を咲かせる真似など一切しなかった。僕として銀をつけておくだけで、自身は偶然すれ違う以外では顔も合わせぬようにしていた程だった。<br />
　というのに。数日後、あっさりと、彼らが南へ発った後もずっと呪術に纏わる物を集めていたことを知られてしまった。<br />
　丁度、僧たちに持って来させたところに鉢合わせてしまったのだ。しかも、多量の巻物を持った僧に先に会ったのは九郎達。これはなんだとどうせ他意も無く聞いた九郎に、これまた他意なく中身を申告されてしまえば、誤魔化しようは無く、泰衡がその場へ着いたと同時にそれぞれの反応を寄越した二人に応対できなかった。<br />
「泰衡&hellip;&hellip;相変わらず書物が好きなのか。剣の腕はどうなんだ？あまり鍛えてなさそうに見えるが」<br />
「貴様達には、関係ない」<br />
　言葉とは裏腹にへらへらと笑みすら浮かべてる九郎を笑い飛ばす。そうとしか返せなかった。<br />
「そういう言い方はないだろう。俺は事実を伝えただけだ！」<br />
「ああ、俺も事実を伝えただけだ」<br />
「泰衡！」<br />
　そして会話を打ち切るようにきっぱりと返せど、九郎は相変わらずに噛みついてくる。全く、これでよく源氏の兵を率いあの平家を打ち滅ぼせたのかいっそ疑問だ、と、付け加えてやろうと思ったが、どうにも隣の黒衣の軍師が気になって、泰衡はちらりと一瞬だけ目を向ける。と、弁慶もまた、泰衡と似たような事でも思っていそうな顔を浮かべていた。<br />
　&hellip;&hellip;忌々しい、何もかも。とっとと切り上げるべく、本を持ってきた僧へ「下がれ」と短く命じ、泰衡も無言で踵を返そうとした。が、空気を読まずに黒衣の薬師が泰衡殿、と、呼ぶものだから適わない。舌打ちをしつつ立ち止まる。弁慶は静かに、だが厭らしい笑みを浮かべていた。<br />
「そんな風に九郎や僧侶殿に八つ当たりする姿、本当に変わっていませんね、泰衡殿」<br />
「&hellip;&hellip;喧嘩を売っておられるのか軍師殿は」<br />
「まさか。もう少し話をしたいだけですよ」<br />
「俺は話す事は無い」<br />
　一体、自分が、この男と何を、一体何を会話するというのだ、九郎ならともかく！<br />
　その想いは揺るぎない、絶対だ。故に構わずに立ち去ろうとした泰衡に、弁慶は更に追い打ちをかけて。<br />
「つれないな。僕は君の師匠みたいなものだってずっと言っているのに」<br />
　ぴき、と、眉が吊りあがる。これを危惧していたと言うのに、まんまと相手に釣られた。そんな自覚はあれども泰衡は言い返してしまった。<br />
「&hellip;&hellip;まだ寝言を言っているのか、まだ」<br />
「寝言って、事実でしょう？」<br />
「ああ、そういえばそんな話をしてたなべんけ」<br />
「事実なわけあるか！！」<br />
　ぴしゃり、と言えば、帰りはぐっていた僧がびくりと大げさに肩を揺らし、今度こそそそくさと後ずさりしていった。ならば遠慮ももう不要だろう。泰衡は思いきり息を吐く。<br />
「いいか、師匠というなら、直接、この俺に、講義してこその、師ではないのか！」<br />
「それを断られたのは貴方じゃないですか。でも、きっかけは僕でしょう？」<br />
「貴様に貰わなくとも、早かれ遅かれこうなっていた」<br />
「&hellip;&hellip;そうですか？」<br />
　にやにや、と、弁慶は趣味の悪い笑みを浮かべる。泰衡は目を更に細める。舌打ちすら出ない。<br />
　&hellip;&hellip;ああ、成程、気がついてしまったのだ。<br />
「本当に、それだけ、ですか？　だったらたしかに、僕は師とは呼べないかもしれないな」<br />
「&hellip;&hellip;他に何があるというんだ、馬鹿馬鹿しい」<br />
　とはいえ実際、彼がいなくなった後、彼の集めた書物を、無断で読んだりもした&hellip;&hellip;ので、本当のところ全否定はできない、が、その程度で認めるなどあり得ないし、そもそも、譲歩はできない。けして。<br />
　もちろん、それで引き下がる弁慶でもない。<br />
「では、分かりました。改めてお願いしましょうか」<br />
　そして、随分と真摯な顔で、男にしては大きい瞳をまっすぐに泰衡に向けながら、躊躇いを含みながら口にした。<br />
「あなたの蔵書は、最早この平泉で群を抜いて素晴らしいものだと、ここに来て間もない僕ですが、聞きました。そういうものを知りたいなら、泰衡殿にあたるのが一番早く、確実だと。&hellip;&hellip;ですから、どうか僕にも見せてもらえませんか？同士として」<br />
　同士、と、いう部分をやけにはっきりと、弁慶は言った。彼が、泰衡に言うのはあまりにも、あまりに生ぬるいその単語を。あからさまに裏のある師弟という呼び名よりずっと、らしくない。<br />
「&hellip;&hellip;そんなことで俺が動くと思うのか？」<br />
「では僕こそ弟子入りします、とでも言えばいいですか？」<br />
「そんな気味悪いことこっちが願い下げだ」<br />
　&hellip;&hellip;彼の本心は、自分の知識を増やしたいとか、ましてや親交を結ぼうなどというものでもない。仮にそうだとしても頷きはしないと分かっている泰衡に、何故素直に問うのか分からない。<br />
&hellip;&hellip;どのみち、頷く事はない。特に今は。<br />
　邪魔されたら終わりなのだ。<br />
　かつての彼とは違う。自分はこの平泉を統べるべきものなのだ。<br />
　と、きっぱりと断っているのに、厄介なことに隣の九郎まで口を挟んできた。<br />
「俺からも頼む、泰衡。&hellip;&hellip;お前が何を調べているのか知らないが、お前と弁慶が知恵を出し合えば、良い方に働くに決まってる。拾ってもらった身として差し出がましいのは承知だが&hellip;いや、むしろだからこそ、お前と協力したい、泰衡！」<br />
　九郎は単純だ。が、言い出すと聞かない。泰衡だけでなく父も止めたのに、南へ行ってしまったほどに。<br />
　しかし単純だ。泰衡が敵に回る可能性をちっとも考えていない。<br />
「&hellip;&hellip;ふ、月日は流れた」<br />
　実際、泰衡は彼らを売るつもりは毛頭なかったが、<br />
「一度は平泉から出て行った貴様を、全面的に信用すると思っているのか御曹司？」<br />
手を取り合って倒すつもりも無いというのに。<br />
　九郎は刹那、動揺を見せた。が、すぐに再びきりりと唇を引き結ぶ。<br />
「&hellip;&hellip;心配しなくても、俺にはもう敵しかいない。お前たちを裏切りようが無い。それに、対立している場合ではないだろう」<br />
「それはそうだ。平家を打ち破った力、期待しているぞ」<br />
「だったら！」<br />
「指図は受けん」<br />
「泰衡！」<br />
　その声さえも、昔よりずっと重さがある。場の空気を変えてしまうようだった。が、もちろん泰衡が動かされることはない。<br />
「なに、そのうち貴様の知恵を借りることもあるだろう、軍師殿」<br />
　そう、計画を実行に映す直前くらいには譲歩を見せてやってもいい。邪魔されなければそれでいいのだ。<br />
　九郎から弁慶へと視線を動かし、そうとだけ言って、今度こそ泰衡は踵を返す。<br />
<br />
　ふわり、と、風が通り抜けた。変わらぬ筈の風は、すっかりと温度を変えてしまった。懐かしさばかりを運んでくる。遠く、遠く離れた地での彼らの活躍を、行く末を、伝令と共に運んでくる風。冬の寒きを刹那和らげる南からの風。<br />
<br />
<br />
<br />
　対立する気など有る筈が無い。ただ、泰衡も守りたいだけなのだから。<br />
　そして。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
　全てが終わった後。<br />
　崩れ落ち社の柱にもたれるしかできなかった泰衡に、弁慶が言った。<br />
「きみはばかだ」<br />
　逆光だったというのにくっきりと、感傷に溢れた表情が見えたのは、もしかしたら思い違いかもしれない。<br />
「あれだけ僕と同門など御免だと言っておきながら&hellip;&hellip;どうして、結局、同じ道を選んでしまったんですか」<br />
　僕のとった方法について、噂くらいは聞いていたのでしょう？　と、責める男に、言い返す気力などとうに尽き果てていた泰衡は、静かに見上ながら、ああ、やはり、それで正しかったのか、と曖昧な脳裏で認識した。<br />
「&hellip;&hellip;知っていた」<br />
　龍脈を留めるなどと云う大それたこと、弁慶ならば当然の顔してやりかねないと思った。だから、それを知られ邪魔しないように煽っていたのだと思った。<br />
　&hellip;&hellip;泰衡が、泰衡ならば陰陽術をこのように使う事に気付くだろうと察していた弁慶が、その道を辿らせぬように遠ざけたのだとも、知っていた。<br />
　残された巻物を眺めていれば想像に容易かったのだ、あまりにも。<br />
　それでも。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;知っていたさ」<br />
　噂ですが、と、京から来た物売りから聞いてしまった時。ああ、成程、と、呪術で人を傷つける、という可能性について、得心してしまったのだ。<br />
　それは彼への共感だとか、憧憬だとか、反発対抗心とか、ましてや赦されるように思えたとか、そんな言語化できるようなものではなく、有象無象を含め、まるで宿命だ、とでも、感じてしまったのだ。<br />
　故に南から救いを求める書状が来た時、泰衡は迷わずこの手段を選びとった。<br />
　知っていたのだ。ただ簡潔に九郎と神子を救ってほしいという用件のみ書かれた、罠の可能性も大いにあった文面だったというのに、彼らを受け入れた&hellip;&hellip;それは、九郎だけでなく、この性根の捻くれた厄介な男の根底が善であることなどとうに知っていたから。<br />
　平泉に戻って来るなり泰衡の企みを探ろうとしたことも、彼なりに心配&hellip;などという生ぬるい感情ゆえの、まどろこっこしい手段であったのであろう事もも。<br />
　知っていた。少なくとも九郎よりは、正しく。だが、親切に説明する気など、更々ない泰衡は、雪に跳ね返された光の眩しさに、目を細める。<br />
　少し疲れた。息を落とすと、弁慶は繰り返した。<br />
「&hellip;&hellip;きみはばかだ」<br />
　その言葉はまるで、愛すべき長年の友人か何かに向けたような柔らかさを帯びていて。<br />
「&hellip;&hellip;黙れ」<br />
　この期に及んで、この黒い男に同意せざるを得ない状況に、顔を背けずにはいられなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size: 80%;">サイト開いた頃に下書きしたまま放置してたやつ<br />
当初はもっと「師匠って呼べ！」って部分強めの、訳の分からぬギャグ話であった<br />
読み直したら何が面白いのか意味わからなかった、けどだからこそずっと放置されていたのだろうと思った<br />
<br />
泰衡さま視点だと弁慶を容赦なく罵れて楽しかったです<br />
この三人が好きです</span>]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E6%B3%B0%E8%A1%A1%E3%81%A8%E5%BC%81%E6%85%B6%EF%BC%88%E7%B4%84%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%90%E5%AD%97%EF%BC%89</link>
    <pubDate>Tue, 15 Jul 2014 14:56:55 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>九郎と弁慶(いつかは九弁)(5000字)</title>
    <description>
    <![CDATA[九郎は弁慶が生まれた日がいつなのか知っていた。<br />
　でも、それを祝ったことはなかった。<br />
　特別に祝おうと思ったことも無かった。風習もなかった。<br />
　だがある日、誕生日を祝うということもいいかもしれない、と、はじめて思った。<br />
　それは異世界からやってきたという神子が、共にやってきた譲に祝いの品を贈られているのを皆と目にした時のことだった。<br />
「あれは、何をしているんだ？」<br />
　とはいえ、心なしか真剣な顔で、神子に何かを渡していた彼の姿を見ても、九郎からすれば特別な催し事の最中には感じられなかった。だから、普通に声をかけようと部屋に足を踏み入れようとしたところを、後ろから弁慶に引っ張られた。<br />
「九郎」<br />
「なんだ？」<br />
「見て分かりませんか？」<br />
「何がだ？」<br />
「譲殿、もしかして望美のこと&hellip;&hellip;そう、そうだったのね」<br />
「ますます分からん」<br />
　と、意味ありげな微笑みで咎めた弁慶や、何故か嬉しそうに目を輝かせた朔の言っていた意味も、結果的には勘違いだったに違いない。<br />
　すべては白龍が、構わずに望美や譲に近づいて話しかけたから判明したのだった。<br />
「譲、神子に贈りもの？」<br />
「えっ、白龍！？」<br />
「うん、そうだよ」<br />
　声をかけられ、譲は慌てふためき望美は笑顔で頷いた。<br />
「今日は私の誕生日なの」<br />
「たんじょうび？」<br />
「生まれた日のことだよ。私たちの世界にはね、その日にお誕生日おめでとうってお祝いする風習があるんだよ」<br />
「こんな風にプレゼント&hellip;&hellip;贈り物を贈ったり、あとは、宴を開いたり」<br />
「そうだったの」<br />
　それを聞いた朔は言った。<br />
「生誕の日をおめでとうと祝うなんて、素敵な習慣ね」<br />
　景時もその気になった。<br />
「じゃあオレたちもお祝いしようよ～」<br />
　そして、急ごしらえの宴が開かれた。<br />
　だが、源氏は京に入ったばかりの頃。九郎だけでなく町の民も混乱をきたしていたし、怨霊も蔓延っているのだから、宴など開いている場合か、と、九郎は思った。この世界に来てすぐの神子と、九郎はまだ親しくはなくて、祝いたいなどと思いすらしなかったから尚更だった。<br />
　でも実際に宴がはじまってみれば、嬉しそうに頬を赤く染めている望美や、彼女を囲む朔や譲、白龍、他の仲間たちの楽しそうな姿は悪くないものだった。<br />
　そして、思ったのだ。<br />
「なるほど、こうして改めて、相手がそこにいることに感謝するのも、いいことだな。俺もやってみるか」<br />
　と、そんな気になった。<br />
　だというのに、その呟きを聞いたヒノエが言った。<br />
「へえ、あんたも案外計算高いんだね。もっと初心だと思ってたけど」<br />
　それに九郎は眉をひそめた。<br />
「計算？　何がだ？　俺はただ、こういうときに日頃の礼を言うのも悪くないと思っただけだ」<br />
「で、今は仏頂面しておいて、後でこそこそ何か渡そうっていうんだろ？」<br />
「それのなにが悪いんだ？」<br />
「悪くないさ。だから、興味なさそうなあんたもそうやって好感度あげようとするもんなんだね、って話をしてるだけじゃん」<br />
「好感度？　なんだそれは。なんで俺があいつのそんなものを上げなきゃいけないんだ。意味が分からん」<br />
「まだ言うのかよ。なんだっけ、そういうのツンデレって神子姫様が言ってたっけ？　普段冷たい奴が優しくしてくれるとほろっとくるとか？　でもオレ、そういうの嫌いなんだよね。姫君には普段から優しく接するものだよ」<br />
「つん&hellip;なんだ？？」<br />
「望美と仲良くなりたいならとっとと努力を認めればっていってんの。あんなん時間の無駄じゃん」<br />
「望美？　努力？　もしかして花断ちの話か？　だったらそれは今関係ないだろう」<br />
「あーはいはい、もういいよ」<br />
　と、一方的に飄々と言われて、九郎はむっとした。最近加わったばかりのヒノエとはどうにも馬が合わない。<br />
　向こうもそう感じたんだろう。はらはらと手を振って望美の傍まで戻っていった。<br />
（計算高い？　俺が？）<br />
　望美に調子のいい事を言っているのはヒノエの方じゃないか、としか九郎には見えなかったし、<br />
なんで望美が出てくるのかも意味が分からなかった。<br />
（友人の誕生日を祝うのは、駄目なのか？）<br />
　感謝を伝えたい、と、何気なく思っただけだった。<br />
　日頃から世話になっている弁慶に、来月の彼の誕生日を祝ってみよう、と思っただけだった。なのに、そんな風に罵られるなんて思っていなかった。それこそ、譲が望美を祝いたいと思いこうして宴を開いたのと、自分のそれとは変わらないつもりだったのに。<br />
　でも。望美の両隣で笑ってる譲とヒノエを見て、九郎はふと思った。<br />
　もしかして&hellip;&hellip;九郎が判っていないだけで、なにか、自分はとても卑怯な真似をしようとしているのではないか？<br />
　ならば、源氏の総大将として、兄の代行として今京にいる身として、なにより九郎自身の性格が、そんな真似をすることを断じてを許さなかった。<br />
　ヒノエにまたあんな風に言われたのだって腹立たしかった。<br />
（&hellip;&hellip;だったら、何もしない！　それでいいんだろう！？）<br />
　どうせ自分の代わりに誰かが正当に祝うのだろう。ますます構わない、と、思った。<br />
<br />
<br />
<br />
　けれど。<br />
　弁慶の誕生日を皆は知らない、という事を九郎は忘れていた。<br />
　すっかりと忘れていた。<br />
　当日に、後白河院に呼ばれ、つらつらと、意味の分からない、弁慶への土産話にもなるか分からない宋の流行の話を聞かされている途中で思い出した。<br />
（どうしよう！）<br />
　去年までそんなもの祝ったことすらないし、祝おうとも思ったこともなかった。なのに九郎はなんだか、とてもひどい仕打ちを友にしてしまったような罪悪感を覚えた。<br />
　しかも、院はこういう時に限って九郎を手放してはくれず、戻った時にはすっかりと夜が更けていた。<br />
　九郎は走って六条堀川の舘へ向かった。けれど途中でふとなんとなく、景時の家へ足を向けた。<br />
　機転が功を奏した。宴会が開かれていて、弁慶もそこにいた。<br />
（こんな時に何故宴？　まさか、これは弁慶の『誕生日会』なのか？）<br />
　と、九郎がきょろきょろと一同を見回す間も無く、望美が笑顔で九郎を呼んだ。<br />
「九郎さん！　遅かったですね。お仕事お疲れ様です」<br />
「それよりこれは、」<br />
「ああ、弁慶さんの誕生日が今日ってヒノエくんから聞いたんで、お祝いしてるんですよ」<br />
「え、あ、そうなのか？」<br />
　そういえば、弁慶とヒノエは昔からの顔見知りの様子だった。<br />
（俺以外にも知っている人間がいたのか）<br />
「えっ、もしかして、九郎さん知らなかったんですか？」<br />
「いや違う、うるさい！　&hellip;&hellip;なんだ、心配して損した！」<br />
「そんなに怒らなくたっていいじゃないですか！」<br />
「望美、今日はおめでたい席なんだから、そんなに声を荒げたら駄目よ。九郎さんも座ってください。譲殿の料理がたくさんありますから」<br />
　そうこうしているうちに、朔になだめられて、九郎も宴の末席に加わった。<br />
「九郎、来てくれてよかったよ。急に決まったことだったからね～。あ、はい、まずは飲んでよね」<br />
「ああ、ありがとう」<br />
　座るなり、隣にいた景時が酒を勧めてくれた。ちらりと口をつけてはみたけれど、なんだか飲む気になれなかった。<br />
「あれ、疲れてるのかな」<br />
「そうかもしれん」<br />
　代わりにちらり、と、弁慶を見た。彼は皆に囲まれて譲の不思議な料理を食べながら微笑んでいた。<br />
　それに安堵した。<br />
　けれど同時になんだか、どっと疲れが出た。<br />
（そうだ&hellip;&hellip;そうだよな）<br />
　九郎が気に留める必要がなかったくらいに弁慶は楽しそうだった。そりゃそうだ。優しい彼は八葉たちに慕われている。皆がおめでとうを彼に言って祝っていた。それは良いことだ。親友が皆に慕われているのは九郎だって嬉しい。<br />
　でもだからこそ、あんなに慌てて、逃げるように院のところから帰ってきたのが馬鹿馬鹿しいように思えてしまった。そちらでも宴を開くと言っていた。九郎も声をかけられていた。出ていれば、兄の役に立てたかもしれない、と、そんなことも思ってしまった。<br />
　ちくり、と痛んだ胸に蓋をするように視線を戻し、譲の作ったという食事に箸をつけてみた。美味かった。でもやはり、箸がすすまなかった。<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
　もう一度、九郎は弁慶を見た。遠くに見えた。自分がひどく場違いな気がした。そして。<br />
「&hellip;&hellip;帰ろう」<br />
　と、思った。<br />
　皆に気付かれないように、宴の盛り上がりを邪魔しないように、九郎はこっそりと部屋を抜け出し、景時の邸を後にした。<br />
（こんな気持ちで祝いなどできるわけがない&hellip;&hellip;）<br />
　冬の夜風が殊更冷たく感じた。<br />
<br />
<br />
　とはいえすぐに寝付けなくて、九郎は六条堀川で火にあたりながら一人で酒を飲んでいた。<br />
　先程の景時の家や、院のところの賑やかさもあって、一層寂しいような心地になっていた。<br />
（これはますます寝付けそうな気がしない）<br />
　思いつつ、九郎はどんどんと酒をあおったけれど、酔いなどちっともまわらず、ましてや眠気など訪れることもなく。<br />
（できればあいつと顔を合わせるより先に寝てしまいたいのに）<br />
　味も分からずに九郎はぐいぐいと飲み続けた。<br />
　その間延々と、先程の景時の家での様子が頭から離れなかった。<br />
　皆楽しそうだった。弁慶も穏やかに微笑んでいた。いい眺めだった。いい宴だった。なのに祝えなかった自分が、院と仲間たちを天秤にかけてしまった心が、それらすべての自らの小ささが九郎の心を苛んで離れなかった。<br />
　あっという間に銚子は空になってしまった。億劫だったけれど、飲まずにはいられなかった九郎は、注ぎ足すべくそれを乱暴に掴んで立ちあがった。歩くとぐらりと視界が揺れたけれど構いはしなかった。<br />
　勢い任せに板戸を開ければ刺すような風が飛び込んで来て、震えた。平泉に比べれば暖かいほどなのに、濡れ縁も床板もすっかりと冷やされていて酔いが冷めてしまいそうだった。<br />
　自然、足早になった。でも。ある音が聞こえて、九郎はぴたり、と、立ちすくんでしまった。<br />
（まさか）<br />
　じゃりじゃり、と、砂を踏む音だった。<br />
（だが、あれからまだ半刻もたっていない！）<br />
　思ったけれど、九郎は音が近づくのを待ってしまった。<br />
　そして建物の陰やら現れた姿に、すうと、なにやら九郎を包んでいた感情が、落ちた。<br />
「ああ、やはり戻っていたんですね」<br />
「弁慶どうして」<br />
「どうしても何も、抜け出してきたからここにいるに決まっているでしょう？」<br />
　はんなりとした笑みが夜の闇に浮かんできた。九郎のいた部屋から漏れる囲炉裏の赤い光に長い長い影がゆらゆらと揺れていた。だけど九郎は立ちつくしたまま動けなかった。<br />
「だが、今日はお前の」<br />
「十分、祝ってもらいましたからね。それより、君が気になった、かな」<br />
「&hellip;&hellip;弁慶」<br />
　景時の家で見た彼は楽しそうだった。そんな折角の時間を、潰してしまった。<br />
（また俺は感謝とは間逆のことをしてしまった）<br />
　九郎はしょげた。弁慶の笑みがあまりに穏やかだったから、ますますそんな風に思えた。自分に機を使っているのだと。<br />
「望美たちにも、悪いことをした」<br />
「いいんじゃないかな。望美さんたちもまだ楽しんでいるみたいだし。そういえば、九郎にごめんなさいと伝えてくれと言っていましたよ。また喧嘩したんですか？」<br />
「ああ&hellip;&hellip;少し」<br />
「そうですか。僕はともかく、彼女には明日、きちんと謝っておくんですよ」<br />
「ああ、そうする」<br />
　けれど裏腹に、九郎は弁慶が現れてから、心がかすかに浮足立ちはじめたのを感じていた。そもそも、寝付けないなら自室でこっそり飲めばよかったのだ。なのにそうしなかったのは。<br />
（俺は、会いたかったのか？）<br />
　思い至って、九郎は急に顔が熱くなった気がした。鼓動も早まっている気がした。<br />
（今更酒がまわってきたのか？）<br />
　ぼんやりと思った。<br />
　だったら、今のうちに、酒と夜闇の力を借りて言うべき言葉があるように思えて、<br />
口にした。<br />
「&hellip;&hellip;お前にも、すまなかった。本当は俺も感謝の想いを伝えたかったのに、邪魔してばかりだ」<br />
「感謝、ですか？」<br />
「ああ。いつも世話になっているからな。誰よりも俺が祝うべきだと思っていたのに」<br />
　と、九郎は至って反省しながら真摯に言ったつもりだった。なのに弁慶は何を思ったか声を漏らして笑いだした。<br />
「ふふっ」<br />
「&hellip;&hellip;何がおかしい」<br />
「いやだな九郎、まだ今日は終わってませんよ」<br />
　と、衣を揺らし口元に手を当て言う弁慶に、九郎は軽く目を見開いてしまう。<br />
「&hellip;&hellip;それは、つまり」<br />
「君のその言葉に、僕が素直に甘えていいなら、ですけれどね」<br />
「祝っていいのか？」<br />
　おずおずと返しててしまう。<br />
　弁慶はにこにこと微笑んでいるだけだった。<br />
「&hellip;&hellip;弁慶」<br />
　だからそれは肯定だと、九郎は受け取った。受け取って、改めて背筋を伸ばして告げた。<br />
「ありがとう、弁慶」<br />
「礼を言うのは僕の方だと思うけどな。まさか、君に二人きりで祝ってもらえるなんて、思っていなかったですからね」<br />
　弁慶も外套を引き寄せながらそう続けてくれたので、九郎はますます嬉しくなった。<br />
「ああ、途中で中座させてしまった分まで、俺が飲ませてやる！」<br />
「&hellip;&hellip;そういう意味ではなかったんだけどな、けれど、楽しみにしてますね」<br />
「勿論だ、任せろ」<br />
　そして九郎は今度こそ、改めて、銚子を持って、土間へ向かって駆けていった。<br />
　寒さも最早気にならなかった。瓶から柄杓で酒を酌み、弁慶の分の盃を持って戻りながら、ふと弁慶の笑顔を思い出していた。<br />
（祝おうとしたことを、あんなに喜んでもらえるとは思えなかった）<br />
（こうなったら本気で、皆の分まで俺が）<br />
　と、思ったところで、はた、と、弁慶の言葉が蘇った。<br />
『まさか、君に二人きりで祝ってもらえるなんて』<br />
（『二人きり』？）<br />
　そして、ぴたり、と、足を止めてしまった。<br />
（なんで、そんな事を俺は今気にしてる？？）<br />
　それはもしかしたら、気付いてはいけなかった部分だったのではないか、と、なんとなく、九郎は本当になんとなく、勘のようななにかで感じた。その証拠に何故か酔いが一気に冷めた心地もあった。<br />
　でも、今日は弁慶の誕生を祝う日だ。今度こそ達成しなければならない、と、使命感に燃えていた九郎は、余計な事を振り切るように、と、大きく頭を振ってから、再び弁慶の元へ、足音を控えもせずに戻っていった。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size: 80%;">昔って誕生日パーティーとかお正月と一緒だよねって思い込みが前提<br />
あと分かりにくく書いてしまったのだけれどヒノエと九郎の会話はヒノエは望美相手の話をしてるけど九郎は弁慶の話をしてたんだよって一応補足させておいてくださいな</span>]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/20130207</link>
    <pubDate>Mon, 11 Feb 2013 07:23:32 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>九郎と弁慶(九弁)(5000字)</title>
    <description>
    <![CDATA[　目覚めてすぐに感じたこと。それはこんなにも変わり映えしないものなのか、ということだった。<br />
<br />
　意図して好きだと告げたわけではなかった。<br />
　恋に気付いてもうすぐ１年だろうか、だが九郎はまったく想いを告げるつもりはなかった。それは彼と暮らした５年以上にも及ぶ月日のせいだ。微笑みを向けられ楽しそうに笑うその声を聞くだけで息が詰まるほどに彼に恋していたけれど、それでもここまで重ねた年月が九郎の口を封じてしまっていた。<br />
　なのにするりと、本当にするりと不用意に言ってしまったのは、ただの話の流れ。勢いもなにも一切なく、迂闊、の一言が似合いの状況だった。<br />
　もしかしたら全ては夢だったのではないだろうか、と、思うほどにあっけなく。<br />
　……むしろ、本当に夢だったのかもしれない。それほどに今、瞼を開けるなり映った天井はいつもどおりで、その他の部屋の中の景色も、頭の覚醒具合もまったくいつもどおりだった。<br />
　むくりと起きあがり、掛けておいた衣に袖を通し帯を締め襟を整え、顔を洗えばなおさらに。<br />
　それでもただ、手のひらに唇に、ぼんやり残る感触、それは九郎が今まで見てきた夢のどれよりも鮮明だったから、やはり夢ではないのだろうな、と……希望混じりとはいえ、思うことはできた。<br />
　だって覚えてる。あの時の彼の微笑みも。<br />
　つい零れてしまった言葉を、知られてしまった気持ちをきちんと言いなおしたら、弁慶は驚いた。驚いて、暫く呆然としていた、けれどふいに微笑み「そうですか」とふわりと告げた。九郎はただ「そうだ」と頷くしかできなかった。自分でも動揺していたので、それが精一杯で、近づく事も遠ざかる事も、言葉を重ね彼に想いを確認することもできなかった。弁慶はそんな九郎の手をとった。そして「だったら接吻でもしてみましょう」と、唇に唇で触れた。<br />
　ただそれだけの事柄。だけど。<br />
<br />
　よし、と気合を入れ、朝餉を取ろうと部屋を出たところで、偶然にも弁慶にはち合わせた。同じ家に住んでいるわけだし、その上そう大きな屋敷でもない、というのに、まさに不意打ちを食らった九郎は慌てた。<br />
「べ、弁慶！」<br />
「九郎、おはようございます。よかった丁度君を起こしに行くところだったんですよ。眠れなかったんですか？」<br />
「そりゃ、まあ」<br />
　突然の遭遇な上、早々に図星を指されて九郎は口ごもる。そう、日常と唯一異なっていたのが起床時間。いつも通りに起きたつもりだったが、どうやらかなり寝坊をしていたらしい、と、身支度をしている途中で気がついた。理由は明白。昨日の弁慶とのいきさつのせいで、そういえば夜寝付けなかったから。<br />
　でも、動揺を隠せない九郎に、弁慶はただにこりと微笑んで続ける。<br />
「しっかりしてください。今日は大事なお務めの日でしょう？　その恰好を見るに、どうやら忘れてはいなかったらしいけれど」<br />
「当たり前だ！」<br />
「なら、よかった。もっとも君が君の兄上からの言いつけを忘れるなんてまずあり得ませんけどね。ああ、そうそう、今日ご一緒する佐藤殿ですが、どうやら他に急ぎの用ができたということなので、ここに到着するのは昼近くになるようですよ。よかったですね」<br />
「何が」<br />
「元の日程のままだったら、お待たせしていたかもしれませんからね」<br />
「……俺もたしかに寝坊したが、お前もいつもより早いぞ」<br />
「ええ、君の事が気がかりだったので、早起きしましたから」<br />
　それは、いつもの彼そのものの姿だった。九郎はじっと見つめる。けれど、弁慶は平然と、悠然と九郎を見つめ返す。<br />
「どうしました？」<br />
「いや、なんでもない」<br />
　首をかしげるその仕草も通常そのもの。その姿に、ゆっくりと、九郎は自分の心が沈んでゆくのを感じた。だってあまりにも、そうあまりにも、<br />
「……変わらないな」<br />
でも、言うつもりはなかった。あ。と思った時には遅かった。遅すぎた。昨日と同じだ、完全に無意識のうちに声が零れていた。しまった、と狼狽するも、<br />
「変わらない？」<br />
昨日と同様、そのままそっくり返された。九郎は更に言葉に詰まる。こんなところも、そして拳を握りしめてなんとか言葉を紡ぐところも、同じ。<br />
「だ、だからその、俺とお前は昨日せっせせせっ」<br />
ということはやはり九郎の気のせいなんかじゃなく。<br />
「接吻？をした？」<br />
「そ、そうだ」<br />
やはり自分と彼は、<br />
「ってことは、こっ……こっ」<br />
「恋仲？」<br />
「ああ、恋仲になったんだろう？　なのに……ん、なんだ？」<br />
「いえ、予想を裏切らない反応だな、と思って」<br />
事実があるはずなのに、なのに彼の言葉は平坦だった。それはつまり……、と、結論が九郎の口から吐いて出るより先に弁慶がいきなり満面の笑みを浮かべた。<br />
「ですが、そうですね、だったら期待を裏切ってはいけないですね」<br />
　そして唐突に両手で九郎の手を包む。鼓動が跳ね上がった。想いに気付いてしまってから昨日までの約一年、九郎が気軽に触れることのできなくなっていたものがあっさりと。息を飲む。<br />
　けれど彼の名を呼ぶ隙も与えず弁慶は、すっと顔を近づけじっと九郎を見つめる。それは彼の癖だ、分かっていても少し動けば再び唇で触れあえる距離。<br />
「本当は、こんなに早起きするつもりなんて、なかったんですよ。先程も言いましたが、君が鎌倉殿からの命を違えるはずありませんから」<br />
　優しい笑みで彼は告げた。<br />
「ですが、今朝君の夢を見て、昨日の事を思い出してしまって……『君の事が気がかりで』早起きしてしまった」<br />
　紡がれたそれは……声音も響きも何もかも甘い。<br />
「丁度よかった。出る前に、少し君と時間を過ごせそうですね」<br />
　甘すぎた。あまりにも。<br />
　過ぎた甘さは苦みに変わる。毒のように心を刺す。<br />
　そして醒める。<br />
「ふざけるな！」<br />
　九郎は思い切り弁慶を突き飛ばした。ドン、と彼が戸にぶつかり顔をしかめる、けど、構わず九郎は叫んだ。<br />
「俺は嘘をつかれるのが嫌いだ！　お前だって…お前なら知ってるだろう！？」<br />
「九郎？」<br />
「なのに……そんなもの、同情なんか要るか！」<br />
　ほらやはり夢だったんだ。<br />
「そうじゃないならまたいつもみたいに俺のことをからかって遊んでるんだろう！？馬鹿にして……もういい、出てってくれ顔も見たくない！」<br />
　彼が九郎の想いを受け取ってくれるなど、幻想でしかなかったんだ。<br />
　そう考えれば納得が要った。都合が良すぎると思っていたんだ。普通、もっと驚くだろう、長年の友から好きだとか言われれば。自分はそうだった。最初に気付いた時にはいっそほの暗い感覚に陥った。昨日彼に拒絶されなかったときはもっとだ。口づけしてから寝るまでの記憶がほとんどない。今だってこんなにも動揺しているというのに、<br />
なのに弁慶はちっともそんな風を見せない。平常を崩さない。一向に。<br />
　元々の性格の違いもあるだろう、経験の差……みたいなものもあるのかもしれない、でも、それよりもっと……あまりにも悠然としすぎている。きっとただ、九郎に合わせているだけなのだろう。<br />
　弁慶からすれば九郎など、取るに足らない存在だと、もしかしたら親友と思っていたのさえ九郎の一方的なものだったのかもしれないと、<br />
「……なんでお前にこんなこと…………」<br />
悔しかった。歯牙にもかからぬ存在でしかないことが悔しかった。<br />
　好きなのに。こんなにも……本気の想いしか要らぬほどに好きなのに。<br />
　俯き、うなだれる。つくづく昨日の己の迂闊さを呪った。いや、恋心など抱いたのがそもそも間違いだったんだ。でも遅い。せめて今からでも忘れようと頭を振ってみた。<br />
　と、そこで、くすくすと笑い声がした。<br />
　誰かに見られていたのか、と、九郎は慌て顔をあげる。が、笑っていたのは他の誰でもない弁慶で、<br />
「ふふっあはははははっ」<br />
こらえようともせず、九郎の目の前で体を折り曲げ笑っていた。<br />
「……！！」<br />
　もはや怒りと絶望で九郎は声も出せなかった。もう待てない。一刻も早く弁慶の前からいなくなりたい！<br />
　思い振り返ろうとした時、腕を掴まれた。<br />
「離せ！」<br />
　勢いに任せて振り払う。が、<br />
「ほんとに…君の行動は」<br />
直前に手を離した弁慶は横に跳ねる。金と黒の影に九郎が捕われた、その隙に眼前に迫り、<br />
「こんなに分かりやすいのに」<br />
押さえつけるように強い力で両肩を掴まれた。<br />
「離さなけば、今度は本気で行くぞ」<br />
「さっきのも本気でしょう？まったく」<br />
　震えも構わず九郎は言った。が、弁慶も射るようにまっすぐに九郎を見上げ、<br />
「はじめからではなかった、けれど、君の気持ちは分かっていた」<br />
なのにその声は至って穏やかで、まるで波のない湖のようだった。そして唐突な内容。<br />
　九郎は面食らい、いささか怯む。<br />
「なんだ、突然」<br />
「『突然』はこちらの台詞ですよ。そう、君はこんなに分かりやすいのに、時々思いもよらない事する。まさか昨日、あんなに急に言われるなんて、思ってもみなかったんですから」<br />
　声音とは裏腹に、責めるような目だと思った。それはつまり、九郎が急に言ったものだから断りの言葉を用意できていなかった、と、<br />
「僕がどれだけ驚いたか、君に伝えられればいいのに。眠れなかったし、今だって……君にどう接すればいいのか決めかねている」<br />
……最初は素直に思った。けれど。<br />
「べ、んけい？」<br />
「ところで九郎、君はさっき言いましたね、『変わらない』と。だったら君は、どうしたい？」<br />
「どう、って、何の」<br />
「君は僕が好きだと言う。そして僕たちは恋仲になった。その僕がここにいる。だったら、君は今どうしたい？　何をしたい？」<br />
弁慶はなおもまっすぐに九郎を見つめる。微かに下から見上げる大きな目。それは……想いを告げたのは九郎の方だった、九郎だけだった筈だなのに？<br />
「それは……」<br />
　もしかして。<br />
　目は口ほどに物を言う。それが確かだというならば。<br />
「……抱きしめたい」<br />
　話の飛躍もお構いなしに、先ほどまでの激昂も置き去りに九郎はそう本音で答えていた。<br />
「ささやかですね」<br />
　軽やかな声と共に、彼は九郎の肩からそっと手を離し、ゆっくりと降ろした。そのまま留まる。まるで九郎を待っているかのような姿。<br />
　戸惑いながらも九郎は控えめに抱き寄せた。柔らかでもないし、すっぽり収まった、とも言い難い体躯。こうするのははじめてではない筈だ、それでも、まるではじめてだと錯覚するほどに、どうしようもなく気恥ずかしい。そんなこちらの心を知ってか知らずか、弁慶はことりと九郎の頬に頭を預けて笑う。<br />
「なんだかくすぐったい」<br />
　ふわふわと髪が頬を撫でる。あらゆる意味でそれは九郎の台詞だ、と言いたかったけれど、あまりに胸が苦しくて言葉を紡げなかった。<br />
　僅かな後、彼は今度は九郎の背に手をまわした。つい体がこわばってしまう、と、また弁慶が楽しそうに笑いを零してから言った。<br />
「それにしても、あんなにも君が怒るとは思わなかったな。そんなに僕が好きだったんですね」<br />
「……ああ、そうだ」<br />
　お前の態度だってあんまりだった、と言いたくもなるような弁慶の言い草だったが、彼の言葉は事実だったので、九郎は頷いた。すると弁慶がこちらを向いた気配がした。見ればふわりと微笑んでいた。<br />
「君は堅苦しく考えすぎなんです。君は僕が好きで、そして僕も君を拒絶しなかった。だからといって、その事実を確認した、ただそれだけで次の日からいきなり豹変できるほど、君は器用じゃないでしょう？　そして僕も」<br />
「だが」<br />
　だからといって一切何も変わらないのも、と、一度流れてしまった想いをせき止められない九郎は主張しようとしたけれどやはり弁慶に遮られる。<br />
「こんな風に僕を抱きしめたい、と思っていたのに、それすらできなかった君が？」<br />
「う」<br />
　それには反論できなかった。確かに……弁慶が普段通りにしていたら、九郎もいつまでそうしていたかは分からない。<br />
「ですが、僕も不義理でしたね。もしかしてまだ、僕が同情や義理で承諾したと、お勘違いしていますか？」<br />
「それは」<br />
ない、と、九郎は今なら思えた。すると弁慶が再びことりと九郎に頭を預けた。<br />
「それはよかった。なら難しく考えないで。君が言いたいことを言えばいい。したいようにすればいい」<br />
そしてそれきり黙った。沈黙は今までになく息苦しい。身じろぎさえできず、腕に力がこもってしまっているのが自分でも分かった。けれどどれも不快ではなかった。静寂は心地よく、触れあう頬は熱く重なる体は暖かく。ただ困惑は消えない。成程彼の言うとおりだった。変わりたい、願えど、いきなりさっき弁慶がしたような振る舞いや甘い言葉など浮かびやしない。<br />
　でも、『したいようにすればいい』なら……、それで構わないなら。<br />
「だったら、もう少しこのままで」<br />
　素直に告げれば、弁慶がくすりと笑う。ただそれだけの仕草で思い知る。<br />
　彼に想いを伝えて良かった。<br />
　焦がれた相手が弁慶で、彼を好きになって良かった。<br />
]]>
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    <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 12:19:42 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>九郎と弁慶というより九郎（３５００字）</title>
    <description>
    <![CDATA[雪が降る。ずんずんと。あっという間に地面が白に染まってゆく。<br />
京でも雪は降った。だけど、ここ平泉のように、一刻ばかりですっかり一面雪景色になる、なんてことは、九郎の住んでいた山の上ならともかく、街中では稀だった。<br />
多分寒いからだと、去年言われた。確かに寒い。それでも九郎は庭に佇んで降る雪を眺める。長い髪にそれが落ち、溶けて濡れても気にせずに、<br />
正確には、雪の向こう、木々の向こうに垣間見える街を見下ろしていた。<br />
「約束したのに」<br />
今年最初に雪が積もった時に雪合戦をしようと……去年とうとう勝ち負けを決めることができなかったから、今年の最初に勝った方を去年の勝者にしようと約束したのに、<br />
その相手は未だ帰らない。<br />
「……待つだけ無駄か」<br />
平泉に来て三度目の冬。九郎は庭に背を向けた。<br />
<br />
<br />
とはいえ特別やることもない九郎は、仕方がないから書物を読むことにした。小卓の前に行儀よく座る。武家の棟梁としての心得を示した本、らしい。火鉢の中で炭がはねる音が眠気を誘う。興味がある内容ではなかったから尚のこと。そもそも九郎は源氏の棟梁になりたいわけでもないし、なるなどと思った事もない。けれど昨日、泰衡に、源氏の御曹司殿はこのようなことも知らぬのか、と言われてしまったものだから、読むことにしたのだ。<br />
ぱらりぱらり、と、頁をめくる。やはり全く興味が沸かない。というより、内容が気に入らない。上にたつ人間は仲間を守るものであって虐げるものじゃないのに。<br />
と言おうものなら泰衡ならまた、九郎が更に気に食わないことでも言うのだろう。だったら彼だったら……、<br />
と、無意識に考えてしまって、なんだか面倒になって九郎はぱたりと仰向けに転がり天井を見上げた。<br />
天気が悪い日は好きじゃない。窮屈だ。特に彼が……弁慶が平泉にいないときは尚更だ。部屋が広く感じた。元々広い部屋ではあったけれど、特に天井が遠く感じる。<br />
やはり今日もそう思いながら、九郎は上をぼんやりと見続けた。<br />
こういう時に考えるのはいつも同じこと。想定する。もし弁慶がこのまま帰ってこなかったら、と。命を落として、とかじゃなく、彼の意思で、平泉を離れると決めたなら、と。<br />
以前から、ふとした瞬間に思うことはあった。九郎は源氏の血を引く者として、一族の悲願である復讐を果たさなければならない。そしてその生き方を選んだ今、ここ以外に居場所もない。そもそも京に未練もなければ、御館の治めるここ平泉に勝る地などないと思っているので、なにも問題などなかった。<br />
けれど弁慶は違う。彼は今だってそうしているように、どこにでも行ける。京では阿彼の薬を待つ人々がいるというし、熊野だって、今は別当が代替わりしているからたまに顔を見せに行っているという。そもそもどうして九郎と平泉に来たのかも分からない。平家を討ち滅ぼすなら、もっと、たとえば九郎の兄のところに馳せ参じたり、熊野に戻った方が功績もあげられるだろう。<br />
だから、そう弁慶は、いつ九郎の目の前からいなくなってもおかしくないのだ。<br />
九郎はその日が来ることを考える。そうしたら、雨の日にはずっとこんな風な鬱屈とした気持ちを抱えて生きてゆくのだろうな、と思い、火鉢にすり寄りながら目を閉じた。<br />
<br />
<br />
それからゆうに１０日は経った頃、弁慶がいつものように帰ってきたので、九郎もいつものように出迎えた。<br />
ただ、その頃には雪もすっかり消えていて、結局勝負の行方は分からずじまい。<br />
「せっかく結構積もったのに」<br />
もはやどうしようもないことだけど、一言ぼやく。けれど弁慶は荷を解きながら、<br />
「そうでしたか。まさかそんなに寒いなんて。熊野なんて、夏が戻ってきたのかみたいな気候の日もありましたからね。ああでも、それは結構前か」<br />
と、言うのを聞くなり、なんとなくおもしろくなくて、九郎は膨れた。<br />
その様子に弁慶は手を止め目を丸くする。<br />
「もしかして、楽しみにしていたんですか？　それは悪いことをしてしまいました」<br />
けれど、そう言われると今度は、何を自分はそれくらいのことで腹を立てているんだばかばかしい、などと思ってしまい。<br />
「いや、別にいい。気にするな」<br />
そっぽを向いて返した。そして黙った。<br />
せっかく弁慶が帰って来たというのにどうにも釈然としない。それが更に輪をかけてどうにも気が晴れなかった。<br />
「寂しかったんですか？」<br />
そんな九郎に弁慶が聞いてくる。<br />
「そういうわけじゃない」<br />
「本当に？」<br />
「本当だ！」<br />
つまらないと思ったけど、寂しくなんかなかった。だからそう返したのに、弁慶は苦笑する。<br />
「何故お前が困る」<br />
「うーん、どうしようかな、と思って」<br />
「何が」<br />
「何って……ああ、そうか、あれがいい」<br />
そしてなにやら一人で思いついたらしい弁慶は満面の笑みで立ち上がり、九郎の手も引く。<br />
「なんだ？」<br />
「ふふっ、いい事を思いついたんですよ。騙されたと思って僕についてきてください」<br />
<br />
<br />
<br />
「うっ」<br />
九郎の放った一撃が弁慶の顔に命中して、ぐらり、と外套をはためかせながら弁慶は尻もちをついた。<br />
「やった！」<br />
「卑怯だ」<br />
「なにが」<br />
「僕は長旅の疲れがたまっているのに」<br />
「それはそれ、これはこれ、だ」<br />
と、九郎はぽんぽんと、軽くお手玉を放り投げる。<br />
雪玉がないならお手玉を投げ合えばいいんじゃないか、という弁慶の提案でやってみた合戦は、見事九郎が勝利した。<br />
はじめは、別にそんな子供っぽい理由でふてくされているんじゃない、と、九郎は憤慨したものだが、はじめてみたらなかなかに、本気になっていた。あたると結構痛いからなおさらだ。<br />
弁慶は、座ったままそんな九郎を恨めしげに見ていた。<br />
「大丈夫か？」<br />
近づき、手を差し出す。要りません、と言われるかと思ったけれど、以外に弁慶は素直に握り返してきた。<br />
「大丈夫じゃありません。ああ痛い。明日起きたら痣になってるかも」<br />
目の前に来た顔を覗き込むと、たしかに痛そうだった。<br />
「それは……すまなかった、弁慶」<br />
「本当にそう思ってますか？」<br />
「ああ」<br />
弁慶は性格は悪くとも見目はいいから、それを痛めたのは申し訳ない、と、頷くと、途端、神妙だった表情がいきなり破れ。<br />
「だったら、教えてくれませんか九郎」<br />
しまった、と思った時には遅かった。謀られた。間近の笑顔に息を飲む。<br />
「……な、何を」<br />
「君は、どうしてさっきあんなに落ち込んでいたんですか？」<br />
やっぱりそれを聞かれるか。<br />
「それは、その」<br />
「話してくれますよね、九郎」<br />
「卑怯だ！」<br />
「けれど、ここで答えなければ君こそ腑抜け、ですよね」<br />
「うっ」<br />
ああもう、にっこりと笑むその姿は九郎ですら端正だと思ってしまうほどだというのに、どうして中身はこうなのか。<br />
思いながらも、たしかにここまで来たら…言わざるを得ないだろう、と、九郎は弁慶から離れ、濡れ縁に腰を降ろしてから、呟くように口にした。<br />
「俺にもよく分からん」<br />
「というと？」<br />
隣に腰を降ろした弁慶は見ずに続けた。<br />
「……たぶん、お前が戻ってこなかったら俺はどうしたんだろうな、とでも考えていたんだと思う」<br />
弁慶はもうここにいるのに。仮定の話で落ち込むなど、どうかしている。思ってはいたけれどどうにもならなかった。<br />
言葉を口にしたら、それが本当に起こる事のように思えてきて、ますます憂鬱になった。つい俯いてしまった。<br />
けれどそんな九郎に弁慶は、まるでなんでもない事のように、<br />
「そんな時には君は迎えに来てくれると思っていたのに」<br />
と、随分と朗らかに返すものだから、九郎は頭をあげる。弁慶は微笑んでいた。<br />
「迎えに？」<br />
「ええ」<br />
「行っていいのか？」<br />
「どうして？」<br />
「いや、その……」<br />
弁慶が何を思ってそう言っているのか、九郎は知らない。そもそも仮に、京にでも居座ってもう動きませんと言われたら、実際に平家の敵である九郎があの町に飛びこめるかも謎なのだから、弁慶はもしかして、九郎の思っていることと全く違う話をしてるのかもしれない。<br />
それでも、なんだか、弁慶の口から何気なく零れた言葉が嬉しくて。<br />
「本当にいいんだな？」<br />
「おかしな九郎ですね。何を今更そんな事を確認するんですか」<br />
「確認したかったからだ」<br />
これで、次に弁慶のいない雨の日が来ても、少しはマシな過ごし方ができるような、そんな確信があった。<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:80%">まとまりきってない</span>]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E4%B9%9D%E9%83%8E%E3%81%A8%E5%BC%81%E6%85%B6%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%82%88%E3%82%8A%E4%B9%9D%E9%83%8E%EF%BC%88%EF%BC%93%EF%BC%95%EF%BC%90%EF%BC%90%E5%AD%97%EF%BC%89</link>
    <pubDate>Thu, 27 Oct 2011 13:00:03 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hemsphere.blog.shinobi.jp://entry/18</guid>
  </item>
    <item>
    <title>弁慶と九郎(九弁ではある)(2500字)</title>
    <description>
    <![CDATA[　九郎が見当たらない。<br />
　特に用があったわけではなかった。けれどなんとなく、弁慶は高館の屋敷の中を探す、<br />
と、奥の庭に面した濡縁で彼は一人、外を見ていた。<br />
　呼ぶ前に、すっと近づく。それは九郎の様子を伺うためだった、でも飛び込んできた光景に、弁慶は思わず口にした。<br />
「これは……ああ、懐かしい」<br />
　九郎が振り返る。<br />
「戻ったか弁慶。御館には会えたか？」<br />
「いえ、残念ながら。ちょうど中尊寺に詣でに出たところだったそうで。夕方にでもまた出直しましょう」<br />
「そうか」<br />
　弁慶が九郎の隣に腰をおろしたところで、彼もさっきまでしていたように庭に向き直る。<br />
　弁慶も倣って庭を見た。見上げた。<br />
「この木、あの時の木ですよね？」<br />
　庭の中心には、柿の木。まだ若い木だけれど、立派に実が成っている。<br />
「ああ、そうだ。この前泰衡にも聞いてきたから間違いない」<br />
　覚えている。はっきりと。<br />
　何故なら、これは彼らがまだ若かった頃、最初にこの地へ来た頃にはなかったものだからだ。<br />
「まさか、本当に育つなんて」<br />
　呆気にとられ見上げてしまう弁慶に、九郎が手の平に橙を乗せ差し出した。<br />
「食うか？」<br />
「その木の柿、ですか？」<br />
「ああ」<br />
　柿色の髪を揺らしながら、こっくりと頷く九郎。どこか誇らし気だ。<br />
　そんな彼が実に愛おしい。などという想いをこめて弁慶はにっこりと微笑み返す。<br />
「結構です」<br />
　九郎は首を傾げた。<br />
「ん？ ……さてはなにかつまんできたな？」<br />
「いいえ。どちらかと言えば、空腹に近いかな」<br />
「ああ、分かった。渋柿じゃないか疑ってるんだろう？ 案外美味いぞ。なんなら俺が味見したのを食べればいい」<br />
「君が嘘をついて、渋いものをよこすかもしれないのに？」<br />
「俺はそんなことはしない！」<br />
「ええ、分かってます。冗談ですよ、九郎」<br />
　弁慶が朗らかに言うも、九郎の機嫌はすっかり損なわれてしまっていた。<br />
「じゃあ一体何なんだ？」<br />
　これ以上焦らすと、既に寄っている眉間の皺が更に増えそうだ。弁慶は正直に答えることにした。<br />
　とは言っても、これで九郎に笑顔が戻るのかも怪しいのだけど。<br />
「君、昔言ったじゃないですか」<br />
「何を」<br />
「『この柿がいつか実をつけてもお前にだけは絶対にやらん！』って」<br />
　今から…八年ほど前。弁慶と九郎が平泉に来て最初の秋。<br />
　九郎は柿が好きだけれど……柿だけでなく、果物ならたいてい、九郎は好んで食べるけれど、当時の彼はとにかく柿が好きだった。<br />
　ちょうど高館の屋敷の向かいに立派な柿の木が数本生えていたこともあって、九郎は毎日、朝も昼も夜も柿を食べていた。<br />
　挙句、『もしや種を植えたら木が生えてくるのでは』と、九郎は庭に勝手に種を植えはじめた。<br />
　その一本がまさに、今二人の前にあるこの木だ、間違いなく。<br />
　いわば、思い出の木。<br />
　けれど、思い出は楽しいものばかりではなく。<br />
「忘れてしまったみたいですね、君は」<br />
　今となっては微笑ましい話だ。けれどその頃の弁慶は、ひがな一日庭を耕し種を植えていた九郎の行動に心底呆れていたのだ。だっておかげで九郎は全く人の話を聞かなくなったし、なによりそんな適当に生えたら苦労しない。<br />
　だから言った。<br />
「『柿と僕と、どっちが大切なんですか？』」<br />
　と、当時恋仲でもなんでもなかったのに言った。ある程度見知った人間にそう言われて素直に柿を選べる九郎ではない、これで少しはマシになるだろうと思っていた打算もあった。<br />
　けれど九郎は即答だった。<br />
「そんな僕の言葉に君は、『もしこの木が実をつけてもお前にだけはやらん！』って言ったのに、覚えてないんですね」<br />
　過去の九郎はそう叫んだあと、やけになってますます庭を耕していた。とにかくむきになっていたのを覚えている。<br />
　けれど、今の九郎は違う。わざと拗ねた目で弁慶が見上げると、思い出したのか、一気に顔を赤らめたじろいだ。<br />
「それは、お前がいきなり変なことを言ったから！」<br />
「変なこと？」<br />
「そうだ！なんで柿とお前と比べるんだ、おかしいだろ」<br />
「そうやって君の純真さにつけこんで柿を諦めさせようとしたこと、大人気なかったな、とは、今では思いますけどね。もしかしてあの頃には既に、僕は君に恋をしていたのかな。でもまさか、君が柿を選ぶなんて思わなかったですけどね」<br />
「いや、そうじゃなくて、」<br />
　微笑む弁慶に負けじと、九郎は照れながらも拳を握り、なにか言い繕うべく必死だった。<br />
「そうじゃなくて？」<br />
「だから俺はっ！」<br />
　でも、そんな彼を遠くから呼ぶ声が二人に届いた。<br />
「九郎さーんどこですか九郎さーーん！」<br />
「望美か」<br />
「ですね。随分焦っているみたいだ」<br />
　その上、声はかなり近い。何気なくそちらを見る。足音までかすかに響いてきた。<br />
　これは話はここまでだろう。やむを得ない。特段、続けたい話でもなかったし。<br />
　九郎もそう思ったのか、立ちあがる気配がした。ので、弁慶は振り返る。<br />
「はやく行ってあげて…」<br />
　けれどそれを九郎が遮った。<br />
「弁慶」<br />
　ちょうど振り向いた時だった。目の前に屈んだ九郎がいた。そしてそのままくちづけられた。<br />
　重なる感触はわずかだった。味わう間も、惜しむ間すらなく九郎は離れ、<br />
「忘れてるのはお前の方だ」<br />
とだけ言い残し、呼ばれている割には急ごうともせずに離れていった。<br />
　すぐに、部屋ひとつ向こうあたりで九郎と望美の会話が聞こえはじめた。どうやら夕飯の買い出しの話らしい。<br />
　でも弁慶はそれを聞く気には今はなれるはずなく。<br />
「忘れている？ ……僕が？」<br />
　九郎が座っていた方を見たままに呟いてしまう。<br />
　あの時、それ以上のなにかがあっただろうか？　けれど九郎がああもまで言うのなら、何かあるのだろう、<br />
でも、思い出せない。<br />
　おもむろに、九郎が置き去りにした柿をひとつ、手にとった。皮が適度にしっとりしていて、甘味も足りていそうだ。<br />
「柿と僕と、どっちが大事なんですか……ねえ？」<br />
　過去の九郎の身代わりに、柿に問いかける。還るはず無い返事を待ち、柿を高くに放りながら自嘲する。<br />
「……本当に僕も」<br />
　若かった。言いかけた。<br />
　でもぱしりと柿が弁慶の手の平へ戻ってきた瞬間、思い出した。<br />
「…………」<br />
『柿とお前と比べる方がおかしい！』<br />
　さっきの九郎の言葉。と同時に、過去の九郎の言葉。<br />
『俺がお前と何かを比べられると思ってるのか、お前は！』<br />
　と怒って、そんなこと言うなら柿はやらんと言い出したのだった、そういえば。<br />
　当時は恋仲でもなく、ましてや互いにただの友人としか思ってなかったはずの彼に、だ。無意識にくちびるに指が伸びる。<br />
「…………ああ、本当に僕は」<br />
　大きく息を吐きながら、九郎の腰掛けていたあたりを見下ろし、言葉を零した。<br />
　しばらくそうした後、目を細めつつ弁慶は再び柿の木に顔を向ける。<br />
　秋の日差しが庭に落ちる。眺めながら、手の中の柿の実にがぶりと歯をたてた。<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:80%"><br />
桃栗三年柿八年</span><br />
]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E5%BC%81%E6%85%B6%E3%81%A8%E4%B9%9D%E9%83%8E-%E4%B9%9D%E5%BC%81%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%82%E3%82%8B--2500%E5%AD%97-</link>
    <pubDate>Thu, 01 Sep 2011 14:07:33 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>九郎と弁慶(九弁手前)(4000字)</title>
    <description>
    <![CDATA[　九郎が説明を終えると、彼女は礼を言いながらゆっくりと頭をさげる。心地よい声だった。長い髪もさらりと肩から落ちて、綺麗な流線を描いた。<br />
　隣の侍女風の女もそれに続くと、きっと急ぐ旅だったのだろう、二人は九郎から離れ、あっという間に人ごみの中に消えていった。<br />
　それでもなんとなく、九郎は視線をそちらに向けたままに立ち止まっていた。<br />
　そこにかけられる、また別の声。<br />
「なるほど」<br />
　軽く驚いて、すぐさまに振り返ってしまうけれど、<br />
それは声の主を確かめる為ではなく。<br />
「弁慶」<br />
「どうしました？　まさか、君にこんなにも驚かれるなんて」<br />
「こんなところでお前に会うと思ってなかったからな」<br />
　というのが本音だったので、それを素直に告げる、と、弁慶は訝しみ。<br />
「『こんなところ？』　京の二条の通りが？」<br />
「あ、いや、その、確かにそうだが、だが」<br />
「都合が悪いところを見られたから、肝が冷えた、のでしょう？」<br />
「都合が悪い……？　どこをどうしたらそう見えるんだ」<br />
「ふふっ、あんなに美しいお嬢さん方といつ知り合ったんです？　君も隅におけないな」<br />
「あの方たちは！　たまたま道を聞かれただけだ！！」<br />
「誤魔化さなくてもいいのに」<br />
「邪推のしすぎだ」<br />
　眉をひそめつつ九郎が真実を告げても、弁慶はからかうような視線をやめない。<br />
　が、確かに、弁慶の声に驚いたのは、あの二人をぼんやりと見送っていたから、というのは否定できないな、とは思った。<br />
　思えど、顔には出さぬように努めていたつもりだった。なのに途端、弁慶は更に、<br />
「そうかな、あの身分の高そうな方、君の好みそうな女性だな、と思ったんですが」<br />
さらりとした口調ではあったけど、そんな事を言う。<br />
　九郎は怒ることもできずに言い淀むしかなかった。<br />
「なっ、何を言うんだお前は！　あの方に失礼だぞ！」<br />
　弁慶はますます笑む。<br />
「否定しない、ですか」<br />
「それはっ、だな」<br />
「まんざらでもなさそうですね。知らなかったな」<br />
　かまをかけられた！　と知るも遅い。遅すぎる。九郎は大きく息を吐くしかなかった。<br />
　観念したと分かったのだろう、そんな九郎に、弁慶はこれみよがしにずずいと顔を寄せて。<br />
「で、」<br />
　続けながらにこりと笑う。嫌な予感。<br />
「せっかくだから、聞いておこうかな」<br />
「何を」<br />
「君の好みを」<br />
「……お前に言ってどうする」<br />
「せっかくの機会ですから、参考に。いつかどこかで役に立つかもしれないですからね」<br />
　弁慶は軍師で、彼が情報を集める有用性を九郎もよく知っている。<br />
　だが、今、どうみてもそれは本心には見えなかった。すがすがしいほどにいい笑顔なのがそれに拍車をかけている。好奇心が垣間見えている。もし犬だったら……弁慶と犬、など、似ても似つかない、ありえないけど、でも仮に、もし犬だったらそうだとしたら、尻尾がゆさゆさと揺れているだろうな、と思った。金は元気だろうか。<br />
　と、九郎は全く取り合うつもりはなかった。断じてなかった。<br />
　だというのに。<br />
「そうですね、たとえば、礼儀正しい人、好きでしょう？」<br />
　問われたら。<br />
「それは、人として当然だろう」<br />
　そう、九郎にとって、礼儀はなにより重きを置くもので、あまりにも当然の事を当然のように聞いてきたものだから。<br />
「君らしいな。では他には……笑顔が似合うとか？」<br />
「それもそうだろう」<br />
「他は…優しい人とか好きかな、君は」<br />
「…………まあ、そうだな」<br />
「外見はどうですか？　華奢な姫君とか、守りがいがあるでしょう？」<br />
「いや、それよりは、いくらか戦える方が頼もしい」<br />
「望美さんみたいな？」<br />
「あれはそうそういないだろう」<br />
「ふふっ、それは冗談ですが、でも意外でした。いや、君らしいのかな。君は剣術しか知らないから」<br />
「そんなこともない」<br />
　気付けば、すらすらと答えていた。<br />
「他には？」<br />
「そうだな……やっぱりその、なんだ、誠実であって欲しいと思う」<br />
「ふふっ、君に対して？」<br />
「そうじゃない！　仲間に対して、というか……とにかく、そんな感じだ」<br />
「はいはい」<br />
　好みということは自分が認める人間、ということだから、そういう相手にもそのように……清廉潔癖までとは行かずとも、胸を張っていられるような生き方をしていて欲しい、と言いたかった、<br />
のだが、弁慶のあまり褒められたものではない風に歪む瞳を見る限り、多分、伝わってない。<br />
「勝手に取り違えるな」<br />
「そんなことないですよ。君とどれだけ一緒にいると思ってるんですか」<br />
「それはそうだが…」<br />
　こういう時に、稀にだけど思うこともある。自分も弁慶ほどに口が立てば、と、羨むこともある。<br />
　……そう考えれば。<br />
「ああ、花好き、とかもいいな」<br />
「……好みの女性の話、ですか？」<br />
「ああ」<br />
　頷くと、弁慶は今までで一番目を丸くし、九郎を見上げる。<br />
「君、花に興味があったんですか？」<br />
「俺はない。が、だからこそだ。興味のあることが少しずれてたら、それもいいじゃないか」<br />
　と、今弁慶と喋っていて思ったのだった。結局、弁慶のそれだけ口のまわるところを好ましく思ってここまで友としてやってきた、そんな気がした。<br />
「花、ねえ」<br />
　その後しばらく、弁慶は心底意外だと言わんばかりに、口元に手を置き九郎を見上げていた。<br />
「笑うな」<br />
「笑ってなんていませんよ。それだけ君の口から、花、という言葉が出てきたことが意外だったんです」<br />
「悪いか」<br />
「いえ、君らしいと思いますよ」<br />
　そしてようやく納得したのか、言うと改めて九郎に微笑んだ。<br />
「うん、色々と興味深かったですよ九郎。ありがとうございました」<br />
「もういいのか？」<br />
「ええ。十分楽しめました」<br />
「……お前、何かの参考に、とか言ってなかったか？」<br />
「さあ、そうでしたっけ？」<br />
「自分で言いだした趣旨くらい最後まで守れ」<br />
　呆れながらに言うも、弁慶はすでにひらりと外套を翻しながらただ、にこりと笑っただけだったので、かわりに九郎が息を深く吐いた。<br />
　けれど、そんな九郎に、弁慶は穏やかに声をかける。<br />
「ですが、参考になったのは本当ですよ」<br />
「そうなのか？」<br />
　てっきり弁慶の方弁だと思っていたので、驚いた九郎が問い返すと、弁慶はなおもにこやかに答える。<br />
「ええ。残念な事実が判明しました」<br />
「残念？　どうかしたのか？」<br />
「そうなんです。君の好みは、随分と僕と違うみたいで」<br />
「ん？　そういえばお前の好みも聞」<br />
「そうじゃなくて、君の理想と、僕自身が、ですよ」<br />
「ああ、そういう事か。そういえばそうだな」<br />
　言われてみれば、そうだった。笑顔の弁慶同様、九郎も笑顔で納得し、頷いた。<br />
　も、当然に束の間だ。<br />
「ってなななんでそこにお前が出てくる！？」<br />
　弁慶の言っている意味に気がついて九郎は一転、声を荒げた。<br />
　賑やかな二条通り、視線が九郎に突き刺さる、のは気のせいだったらよかった。ますます顔が赤くなるのを感じながら、今更だろうが九郎は口をつぐむ。<br />
　でも弁慶はお構いなく、なんでもない口調でなおも続けた。<br />
「逆に聞きましょうか、九郎。君こそ、どうして僕の名前を出したくらいでそんなに驚くんですか？」<br />
「普通驚くだろう！」<br />
「そうかな？　僕だって、君と生涯を添い遂げる可能性はあるでしょう？」<br />
「無い！　絶対に無い！　断じて無い！」<br />
　動揺しきったまま九郎はきっぱり否定する。また視線が刺さった気がしたが、それどころではない、というか。<br />
　彼お得意の冗談だろう、と思ってもいた。だというのに、既にどうしてこんな会話になったんだったか、それすらももう分からなくなっていたほどだ。<br />
　だけど、<br />
「そうですか」<br />
瞬間、弁慶がはっきりと落胆したのは、今の九郎にも分かった。<br />
　はっとする。そんな九郎に構わず、悲しみを大きな目にたたえた弁慶は、その一言だけを残して踵を返し、九郎から離れていった。<br />
「！」<br />
　九郎はとっさに手を伸ばした。まさか、あんな顔させてしまうなんて思ってなかった！<br />
「待て、待て弁慶！」<br />
　すると、弁慶はぴたり、と足を止め、あっけないほどに簡単に、くるりと振り向いた。<br />
「はい、待ちます」<br />
　表情は先ほどとはいくらか違う……恨めしそうな顔、にも見える。が、実のところは分からない。<br />
　でも、振りかえった彼を見、九郎は印象を受ける。たぶん、なんにせよ、彼は九郎が呼びとめるのを知っていたような。<br />
　待ち構えていたような。<br />
「おま……」<br />
　その事実に気付いた瞬間、九郎はさあっと、すごい勢いで血の気のひいていくのを感じた。<br />
　この際、弁慶の言葉の真偽はいい。<br />
　だが傷つけたと判じたから、九郎は彼を呼び止めた。だから今、九郎は謝ることになるわけで、そうするべきだ、<br />
が、この状況で謝るということは、直前の自分の言葉を取り返すということだ。つまり、弁慶と添い遂げることになっても構わないと、つまり、彼が好きなのだと告げることになるじゃないか……！<br />
「だっ、だから」<br />
「だから？」<br />
　待てなんて言わなければよかった、なんて、後の祭りだ。じっとこちらを見つめる弁慶は、こうなった以上ただでひくはずがないのだから。<br />
　こうしていても仕方がないだろう。ああもう、と、かぶりを振ってから、九郎は言った。<br />
「だから、その、お前は親友だろ？　好みじゃなかったかもしれんが、でも今までこうしてやってきたんだから、だから、今更お前の名前がでてきて、驚いたんだ。そう、それだけの事だ。悪かった」<br />
　そう。親友であるはずの弁慶が、いきなり変なことを言うから焦ったんだ。そういう事だ。多分。と、言ってみた所でなお、弁慶は止まったままの位置から、完全に疑心暗鬼のまなざしで九郎を見る。<br />
「……なんだか、大事なところをはぐらかされている気がするな」<br />
「そんなことはない」<br />
　そもそも、弁慶が話をずらしてきたんだ。九郎は内心冷や汗だったが、懸命に弁慶を見つめ返す。<br />
　と、いくらかの後、弁慶は再び九郎に歩み寄りつつ微笑んだ。<br />
「仕方ないな、それで騙されてあげましょう」<br />
「だましっ…」<br />
てなど、いない！と言いかけた。でも、それでまたさっきのように墓穴でも掘ろうものなら九郎はいよいよ致命的な状況に追い込まれかねない、から、黙る。かろうじて。<br />
　そんな彼を見、弁慶は声を漏らして笑った。その様子は実に楽しそうで恨めしい。それでも。<br />
「……ところで君はこの後、どこへ向かうつもりだったんですか？」<br />
「ん？　景時のところだ」<br />
「奇遇だな。僕もそうだったんですよ。では連れだって参りましょうか」<br />
「……そうだな」<br />
　安堵の方が大きかったのもまた事実だった。笑顔で返せば、弁慶が今度こそ歩きだしたので、九郎もそれに続いた。<br />
　前を行く弁慶の外套が揺れる。よく見れば、下の方にいくらか草がついていた。手ぶらだが、また薬草でも摘んでいたのだろうか。<br />
　彼の薬草やそれに準ずるものに対する姿勢は、感心に値する、と、九郎は思う。曼荼羅やらなにやらのことはいい加減にしろと言いたいが、無数の薬草を知り、それを摘み集め薬を作る、ということはなかなかできないだろう。いい友人を持った。源氏の皆も頼もしく思っていてくれればいい。<br />
　思って、ついでのように気がついた。<br />
「あれ、でもさっきの俺の話、」<br />
　……本人の言いまわしに難あり、だとしても、基本礼節を知り真摯さも持ち合わせていて。<br />
　笑顔が似合い、優しく、武術の心得があり、よく笑い、花が好き、って。<br />
「どうかしましたか？」<br />
「……いや、何も」<br />
　……本人はああ言っていたけど、九郎からしたら、それはあまりにも弁慶にあてはまるものばかりで。<br />
　可能性は……たしかに、あるかもしれなかった。<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:80%"><br />
　花好き→薬草好き<br />
　「君の僕と僕の僕」</span><br />
]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E4%B9%9D%E9%83%8E%E3%81%A8%E5%BC%81%E6%85%B6-%E4%B9%9D%E5%BC%81%E6%89%8B%E5%89%8D--4000%E5%AD%97-</link>
    <pubDate>Fri, 05 Aug 2011 12:04:50 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おしらせ</title>
    <description>
    <![CDATA[日記にも書きましたが、しばらくこのブログはお休みします<br />
また再開とか、突発で何か書くことがあったら日記でお知らせするつもりです（少なくともしばらくは）<br />
]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%89%E3%81%9B</link>
    <pubDate>Mon, 16 May 2011 22:24:31 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>弁慶と九郎(そのうち九弁)(3000字)</title>
    <description>
    <![CDATA[　高館まであと半刻、といったあたりで、弁慶の視界に見慣れた色彩が飛び込んできた。<br />
　林の先、ごろごろと大きな岩が転がっている向こうで、しかもこちらを向いていないから定かではない、けれど、あんなふうにくるりと癖のある橙の髪を高く結いあげ、山の高くから滑り落ちてくる風にそよそよと揺らしている人物を、弁慶は良く知っていて、そしておそらくあれも彼だろうと思った。<br />
「九郎！」<br />
　声をかけると人影は振り返った。やはり九郎だった。<br />
「弁慶！　おかえり！」<br />
　すかさず彼は、遠目にも分かる笑顔とともに、俊足でこちらにかけよってきた。<br />
「待ちわびだぞ。すっかり腹がぺこぺこだ」<br />
「ええ、遅くなりました……ですが」<br />
　そんな彼に、弁慶は大きく目を見開いて立ち止まってしまった。<br />
「俺が待ってたから驚いたんだろ？」<br />
「それは、まあ、そうでしょう。僕、何も言っていなかったのに、どうして」<br />
「勘、というやつだな」<br />
　目前までやってきた九郎は実に誇らしげだった。けれど……弁慶が今日、ここに帰ってくることなど全く、それこそ平泉を離れた時に「多分２ヶ月くらいで戻ります」と言ったこと以外、何も知らなかった九郎がこうして待っていた事も驚くべきだったけれど、それでも九郎の勘は時として異様によく働く事を弁慶は既に知っていたので、<br />
本当に驚いたのは、そこではなく、<br />
「……しばらく見ないうちに見違えましたね、九郎」<br />
というほうがよほど、気になった。<br />
「ああそうだろう」<br />
「なにかあったんですか？」<br />
　どこか自慢気に肯定する九郎に、真正面から問わずにはいられなかった。<br />
　弁慶が離れる前、九郎はまだまだ子供、といった風体でしかなかった。実際弁慶よりも３つも年下なんだからそう見えて当然だったのかもしれない、けど、<br />
それが今や、まるで別人のようで、あどけなさもないわけじゃなかったけれど、どちらかといえば、青年的な若々しさ、と言った方が近い。凛々しささえも感じるほどだ。これは実は九郎ではなく、彼の年の近い兄だ、と言われた方が納得しそうなほどだった、実際そんな人物がいるのかは知らないけれど。<br />
　声も少しだけど変わっていた。九郎はもともとそんなに声音の高い子供ではなかったけれど、いくらか低くなり、いくらかかすれている。<br />
　弁慶はかける言葉を完全に見失っていた。まさか、たった２月でこんなにも様変わりするなんて。<br />
　そんな弁慶に気付きもしないで、九郎は先ほどのように上機嫌に語る。<br />
「お前がいなくなってから、御館のところに控えている方たちによくしてもらったんだ。武士としての志や、ふるまいを教えてもらった。稽古もつけてもらった。やはり強い方が多いな。あと、御館には、狩りにも連れて行ってもらったぞ。泰衡も一緒だった。あいつもあまり弓は上手くなかった」<br />
「ああ、それで」<br />
　口を開けば、やはり無邪気さが混ざる。九郎だ。それでもやはり、以前までのものとはどこか一線を画すると言わざるを得ない雰囲気を持ち合わせていた。<br />
　とはいえ、彼本人の言葉でようやく納得がいった。そういうことか。<br />
「平泉に来てよかったですね、九郎」<br />
「ああ！」<br />
　頷く様にも若干の頼もしさが混じっているようにさえ感じた。<br />
　やはり環境というのは大事だ、九郎はここに来て正解だったのだろう。それは、とてもいい事だ、けれど同時に弁慶は少し困った。……正面から見ていると、妙な気まずさを感じる。この僕が、と思えど、繕うことがやっとという体たらく。そもそも繕えればこんなに動揺することもないのだけれど。<br />
　気分は、背水の陣。<br />
「背もだいぶ伸びたぞ」<br />
　ついせわしなく瞬いてしまう弁慶に、腰に手を当て九郎は更に言った……本人その気はないのは分かっているけれど、完全な追いうちだった。<br />
　襟元をつかみ息を抑えながら改めて彼を見やると、確かに隣に並ぶ頭の位置が以前と違うような気がする。<br />
「多分、お前よりも高いんじゃないか？」<br />
「そんなことはないでしょう」<br />
「いいや、高い」<br />
「言い切りますね」<br />
「お前こそ認めないな」<br />
　そりゃ、九郎に抜かれたとなったら悔しい、というのを差し引いても、自分の方がまだ目線が高いように思えた。<br />
「だったら、測ってみましょうか」<br />
「望むところだ」<br />
　丁度近くに適当な木があったのを見、共に頷いた。<br />
　まず、九郎が弁慶の背丈の所に腰差で傷をつけた。交代して、今度は九郎を木の前に立たせる。と。<br />
「……まさか」<br />
「ほら、俺の方が高いだろ？」<br />
「一寸の半分の、その半分にも満たないほんの少しの違いだけです」<br />
「それでも勝ちは勝ちだ」<br />
　九郎は木に持たれるのをやめ、弁慶の鼻先にまで近づき、高らかに告げた。真正面から交差する視線。<br />
「……」<br />
　きらきらと光る瞳が弁慶を覗き窺う。まっすぐで、けれど、いくらか細められているせいだろうか、与える印象は随分と優しく、人懐っこい。元々、人の目を引く雰囲気や笑顔を持っていた九郎、とはいえ、これは、ちょっと。<br />
「どうした、言葉も出ないほど悔しかったのか？」<br />
「いえ、そうじゃなくて……」<br />
　たぶん、やりとり自体を文字にすれば、いくらかも変わってないはずだ。ずっとこんなだったし、なによりいくら周りに武士としての師がたくさんできたからって、たかが２月でそこまで変わられたら困る。<br />
　要は、見た目と声だ。外見だけだ。分かっているのについ、口元を手で覆いながら一歩下がってしまう。<br />
　言うなれば、完全に見惚れていた。<br />
「弁慶？」<br />
　九郎は不思議そうだ。当たり前だろう、弁慶自身にとってもこの動揺はありえない。<br />
「すみません、君があまりにもいい男になっていたので、照れてしまって」<br />
「褒めても何も出ないぞ」<br />
　嘘もつけず本音を口にしたけれど、幸いにして都合よく九郎が冗談だと受け取ってくれたようだ、けれど……それすらも、九郎にはあるまじきことだったはずだ。<br />
「君は……本当に変わったんですね」<br />
　改めてまじまじと九郎を眺めると、ようやく九郎がいつものように髪を揺らしながら照れてふてくされた。<br />
「さっきからなんなんだ！？　しつこいぞ」<br />
「そうですね」<br />
　それに、弁慶もようやく少しだけ笑えた。やはり九郎はこれくらいの方が安心する……なんて、重症だ。外套を握りしめながら大きくため息をついた。<br />
「弁慶お前、本当に平気なのか？　よく見ればぼんやりしているみたいだけど」<br />
「君の顔をみたらどっと旅の疲れが出たのかも。一晩寝ればなおりますよ、多分」<br />
　確証はなかった。けれどそうであれと、久しぶりに九郎を見たから、少し自分は舞いあがってしまっているだけであって欲しい、と願わずにはいられなかった。<br />
　生じた感情は、善し悪しで分けるなら、まず善だ、けれどもこのままだったら、毎日こんなに九郎の一挙一動に目を奪われ続けたら、幾日も持たずに参る。きっと九郎を短気だとからかえないほどに。<br />
　……もしかしたら彼の短気すらもなくなっていたりするのだろうか。いやまさか。<br />
「そうか、だったらいいな」<br />
　こちらの気も知らずに、九郎は全く呑気に言う。弁慶は静かに顔を背け目を伏せた。<br />
　もしこれが今日一日限りの幻術かなにかでないのならば、せめて早く慣れてしまいたい、と、切に思った。恋の駆け引きを楽しめるくらいには。<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://hemsphere.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E5%BC%81%E6%85%B6%E3%81%A8%E4%B9%9D%E9%83%8E-%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%A1%E4%B9%9D%E5%BC%81--3000%E5%AD%97-</link>
    <pubDate>Fri, 06 May 2011 23:34:43 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">hemsphere.blog.shinobi.jp://entry/13</guid>
  </item>
    <item>
    <title>弁慶と九郎（おおよそ九弁）（8500字）</title>
    <description>
    <![CDATA[「いやだ」<br />
　と、なおも頑なに否定する九郎の声が北陸の地にこだまして、林で休んでいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。<br />
　もう何度目になるか分からぬやりとりだ。弁慶が眉をつりあげるのも含めて、数え切れないほどにのぼっている。<br />
「本当に目先の事しか見ないんですね君は」<br />
「お前は負けを認めたくないだけだろ」<br />
「それは君です。失礼です。僕は、僕たちの身を守る為に言ってるのに」<br />
「でもまだ日は落ちてない。もう少し歩けば、宿には届かなくても家はあるかもしれないじゃないか、って、俺もさっきから言っている」<br />
「あるかもしれない、けど、ないかもしれない。だったら今、この林の中で野営の支度を始める方が無難です。そもそも昨日君が水遊びなんてしていたから間に合わなくなってしまったのではないですか」<br />
「お前だって今日の昼に呑気に木の実を採ってたじゃないか」<br />
「君が武士のくせに弓も使えないから、代わりに食料を調達したんです」<br />
「嘘つけ。取ってきたうちの半分しか食べてないじゃないか。薬草を集めるついでに食料をとってきたに決まってる！」<br />
「残りは保存食です。またいつ飢えることになるか分かりませんからね」<br />
「前も食べたあれだろう？　あれは嫌いだ。腹も膨れないし。俺は食べない」<br />
「へえ、さすが御曹司殿ですね。不味い食べ物は口にできないというんですね、庶民はこれを食べて飢えをしのいでいるんですよ」<br />
「ああ不味いぞ。不味い。だってお前、薬草と一緒に入れるじゃないか。あんな臭いもの食えるか！　お前のせいだ！」<br />
「だったら、そもそもこれを食べなきゃいけないのも、宿に間に合わなかったのも、君のせいです」<br />
「うるさい！」<br />
　そして、言い負かされた九郎がそっぽを向くのもいつものことだった。いくら弁慶とはいえ、それが何度目かと数える趣味はないけど、一日一度は見てる気がする。<br />
　でもなお弁慶の心は晴れない。晴れるもんか。だってどうせ、九郎からすれば、弁慶が面倒なこと言ってる、性格も口も悪い、くらいにしか思ってないことなんて明白だったのだから。<br />
　九郎が、俺が悪かったって言わなきゃもはや気がすまないだろう。少なくとも今日は。<br />
<br />
<br />
　彼とは最初からずっとこんなだった。<br />
　そもそも初対面からして、互いの徒党が衝突したのがきっかけだ。敵対しない方がおかしかった。朝も昼も夜も関係なく、顔を合わせればたいてい何らかの形でやりあっていた。稀に、平和的な会話をかわすこともあったけど、別れる前にはやっぱりいがみ合っていた。<br />
　一応、自分の性格が悪くひねくれていると自負していた弁慶だったので、気にくわない相手などそこらじゅうにいたけど、こんなにもいちいち腹立たしい人間は他にいなかった。どうしてか、彼が口にする事がなにもかも気に食わないのだった。常に調子を狂わされてるような錯覚に陥る。否、きっと錯覚じゃなくて事実。<br />
<br />
　そんな彼とどうして二人で旅などしているのか、といえば、それこそ偶然の一致、としか言えなかった。<br />
　ある日……日常的すぎて内容までは思い出せなかったけど、いつものように京の五条のあたりで言いあっていたときに、九郎を知るという商人が、彼を訪ねてやってきた。<br />
　流れで、弁慶も彼の話を一緒に聞いたのだけれど、<br />
商人は告げた。平泉という街があること、そこの当主が様々に人材を集めていることを。<br />
　話が終わるやいなや「行きたい！」と、弁慶は身を乗り出していた。ただし、九郎も全く同時に。<br />
　……なんていう、たったそれだけのことで。<br />
　どうせ行くなら一緒の方が効率がいい、という九郎の提案に、確かにそれはその通りだ、と納得してしまった弁慶は、二つ返事で頷いてしまった。<br />
<br />
　のを、後悔したのは京を北に出てすぐだった。<br />
　やはり京を離れても、九郎は九郎で、ことごとく弁慶と意見が食い違った。<br />
　すべて、どうでもいい些細なことで…たとえば歩く速度が違った、食べ物の好みが違った。食事をとる時間も違った。先生の教えだとか言って必ず夜に明日の備えをしておく九郎に対して、弁慶は朝簡素にそれを終わらせる。<br />
　だから行動がずれるし、そもそも寝る時の枕の向きまで違う。弁慶が飛ぶ鳥を眺めて目を細めていれば九郎は射抜こうとするし、せっかく珍しい薬草があったのに、それも踏みつぶされた。<br />
　共に過ごす時間が長くなるにつれ……というほど、まだ日数は経っていないはずだけど、だんだんに弁慶は自分の感じるずれ、の正体が分かってきた。<br />
　多分、弁慶と九郎は、本当のところ、そう相性が悪くないんだ、多分。本当に嫌なら、顔を合わせるたびに話なんてしないし、平泉に行きたいと同時に言い出したりするのだろう。だけど、性格が違いすぎる。九郎は言動の全てが常に行きあたりばったりすぎる。だから調子や予定を崩される。<br />
　そのくせ、剣の師、という人物のおかげなのか、はたまた余程鞍馬で大事にされてきたのか、源氏の御曹司らしい育ちの良さは窺えるし、……本人無自覚に決まってるけど慎みはあるし、根は素直で礼儀は良い。美徳だろう。でも弁慶には更に面白くない、というか、それも相俟っていまいち九郎という人間をつかみ切れない気がして、そう、釈然としない。<br />
　互いを隔てる溝は埋まらない。<br />
<br />
　昨日もそうだった。<br />
　昨日は、海沿いの道を歩いていた。とても晴れた日で、海の光がきらきらと、空の光を跳ね返していた。水は澄んで綺麗で、泳ぐ魚がまた銀色に光っていた。<br />
　それは弁慶から見ても紛れもなく、難をつけるのも無粋なほどに美しい景色だった。九郎と違い、今までほとんど海をみたことがなかった訳じゃないけれどこんなにも美しい海は稀だった。<br />
　だからといって、そこでゆっくりできる行程ではなかった。でも弁慶の言葉に聞く耳持たず、九郎は夢中になって魚を釣った。そのせいで、どう考えても宿をとるつもりだった街まで辿りつけなくなってしまった。<br />
　それだけでも弁慶からすれば腹立たしかったのに、挙句、どうせ間に合わないならこの海の近くで寝よう、と、海沿いすぐの岩場の上を指さして言いだしたのだ、九郎は。<br />
　最終的に、落ちたら危ない、波の満ち引きもあるし風もある。そもそもそんな目立つ所、何かに襲われたらたまったものじゃない、という至極真っ当な弁慶の言葉に、九郎もしぶしぶと撤退したけど、本当にしぶしぶで、無粋だもったいない夜の海も見たかったと延々と夜眠るまで繰り返された。朝になったらすっかり忘れてるのがまた腹立たしい。<br />
<br />
<br />
　それを踏まえて、今日のこれ。<br />
　昨日の件があったから、今こんなに揉めている。<br />
「とにかく、昨日は俺が譲ったんだから、今日はお前の番だ、弁慶」<br />
　なのに、九郎は胸を張って言った。そんなの飲んでたまるかと弁慶は思った。<br />
「順番で片づける問題じゃないです。そもそも、なんで君はそんなに先を急ぎたいんですか」<br />
「決まってる。早く平泉に行って、一刻も早く立派な武士になるんだ」<br />
「昨日のんびりしてたくせに。それに、そもそも源氏の、君の兄上だってまだ」<br />
「あにうえを侮辱するな！」<br />
　九郎は本当に終始兄上兄上、だ。<br />
　源氏の御曹司だろうがなんだろうが、家の名を守ろうとする、その姿勢は、どちらかといえば好ましい。<br />
　だけどそれと平泉に一刻も早く行くことは関係ない。彼や、彼の兄は未だ日蔭者だという現状を抜きにしても、今まで散々京で過ごしてきた日々に比べれば、一日二日なんて変わらないというのに。<br />
「そんなに焦ってもいいことないですよ」<br />
「焦ってなどいない」<br />
「知らないんですか？　焦ってる人を見分けるのは簡単なんですよ、髪が逆立ってますから」<br />
「！？」<br />
　言葉に、九郎がはっと目を見開いて、自分の頭をわたわたと撫でまわす。単純だ。<br />
　その隙に、弁慶は目を細め、街道から一歩二歩と足を踏み出す。もちろん、野営の準備を始めるためだ。けど、<br />
「弁慶、だましたな！」<br />
　声と同時に、弁慶の体が傾いた。<br />
　九郎が体当たりしてきたのだ。どさり、と、二人まとめて草の中に転がった。<br />
「九郎、君は！」<br />
　どこまでこちらを怒らせれば気がすむんだと、自分の嘘を棚に上げて弁慶はのしかかる九郎を膝で蹴り飛ばそうと足に力を込めながら睨みあげた。<br />
　だけど、予想に反して九郎の顔は真剣そのものだった。<br />
「九郎？」<br />
「静かに」<br />
　顔を近づけ、九郎は囁く。それはまるで押し倒され愛でも囁かれているような体制だったけど、相手が九郎、色気も何もなく、それより弁慶は九郎の変貌が気になった。<br />
　答えはすぐに彼が告げた。<br />
「誰かいる」<br />
「誰か……？」<br />
　言葉に耳をそばだてる、と、確かに声がする。低い男の声、複数、それを配置する手筈、二人を囲む足音。<br />
　物取りだ。全然気付かなかった。しかもかなり多い。<br />
「ほら、ここじゃ危険だっただろう」<br />
「今はそれどころではありません」<br />
「痛っ」<br />
　九郎の長い後ろ髪をぐい、とひきながら、弁慶は短く告げた。<br />
「幸い僕たちはさっきまで喧嘩をしていた」<br />
「喧嘩…？　別に俺は喧嘩なんか」<br />
「そういうのはどうでもいいです。とにかく、それを利用しましょう」<br />
「というと？」<br />
「敵は多分、１０人ほどかと。君と僕とが組めばどうにかなるかもしれない。ですが、相手の姿をまだ見てない今、十分とは言えません」<br />
「そんなことない！」<br />
「静かにしてください。……だから、相手の不意をつきましょう。僕はいったん、君から離れます。そして、敵の背後を狙います。いいですね」<br />
「……囮になればいいんだな。分かった」<br />
　弁慶の言葉に九郎は小さく頷いた。すぐさま弁慶は立ち上がった、そして未だ腰を落としまたまの九郎にきっぱりと、冷たく言った。<br />
「いくら金を積まれても、君みたいな分からず屋とは一緒に旅をできません。護衛はここまでです。さようなら」<br />
　そして纏う衣を翻し、草を踏み分け、森の中、街道の先へと進んで行った。<br />
　歩きながら思案する。<br />
　どうやって九郎を囲む賊を倒すか、なんてことではない。けれど……、<br />
今は「そっち」を実行することはやめ、九郎の姿を確認するために、足音をめいいっぱい忍ばせて来た道を戻った。<br />
<br />
　林から飛び出しながら、弁慶は思い切り賊の一人を薙ぎ飛ばした。<br />
「騙し打ちか！」<br />
　賊が、なおも薙刀を振りかぶる弁慶を振り返りながら切りあげる。がつん、と、弁慶の撃は阻まれた。とっさに距離を開ける。賊が勢いつけて弁慶に飛びかかる。近い。久しぶりの実戦にひやりと汗が伝う、けれど、弁慶が薙刀を握りなおすより早く、後ろから飛び出す影。<br />
「しまっ」<br />
　賊は慌てて身構えたけれど、最後まで紡がれることなく、九郎の鞘ごとの一閃で阻まれ、地に落ちた。<br />
　あっけないことに、それで最後だった。<br />
「……驚いた。知ってはいましたけれど、君は本当に強いですね」<br />
「お前が遅いのが悪い」<br />
　薙刀をおろしながら見渡す弁慶に、九郎は特に威張るでもなく返した。<br />
　結局弁慶が倒したのは一人だけ。これだったら、九郎が言った通りにここで二人で迎え撃っても良かったかもしれない。<br />
「これでも、お前の分を残しておこうと思って、少しは手を抜いたんだ」<br />
「油断は大敵ですよ」<br />
　と、この現状で言っても説得力はないか。九郎は息さえ整ったままだった。<br />
　……確かに彼は強いけれど、こんなにも、強かったか？<br />
　訝しんで弁慶は彼の顔を覗き込む。なにか、見慣れぬ顔をしている、気がしたのも束の間。何かを振り払うように、九郎は大きく頭を振った。長い髪が彼の背に戻った時には、九郎はいつもの様子にすっかり戻っていた。<br />
「とにかく、ここを離れよう」<br />
「…そうですね」<br />
　念のため、賊の持ってた獲物をひととおり抱え、ぽい、と、少し遠くの藪の中に掘り投げてから、二人は再び、少し足早に街道を進み始めた。<br />
<br />
「結局、今日はどうする？」<br />
　道すがら、結局うやむやになったままの問題を、九郎から提示した。<br />
　だけど弁慶は全然関係ないことを九郎に聞いた。<br />
「その前に、聞きたいことがあるんです……ってなんで嫌そうな顔をしているんですか」<br />
「お前がそういうことを言うときはたいてい嫌なことなんだ」<br />
「失礼です。僕は特段、面倒な事を聞いているつもりはありません。九郎が考えなさすぎなだけです」<br />
「いいからさっさと言え」<br />
　九郎は更に膨れたけど、短気な彼をこれ以上怒らせるのはそれこそ面倒だ。お言葉に甘えて弁慶は単刀直入に問いかけることにした。<br />
「なんで君は囮になったんですか？」<br />
　それに九郎は足を止めた。<br />
「なんでって、お前が言ったことじゃないか」<br />
「ええ。そうです」<br />
　弁慶も倣い、続ける。<br />
「でも、僕が君を見捨てて一人で先に行くと、考えなかったんですか？　もしくは、賊に襲われている君に、僕は襲いかかったかもしれない。君が率先したのではなく、囮になれ、と、君に言ったのは僕なのだから」<br />
　現に、弁慶はそう考えた。そうしなかったのはただ、今こうして彼の回答を聞きたかった、それだけの理由に過ぎない。<br />
「それは……」<br />
「そもそも、囮になるなら本来僕の方がよかったと、君は思ったんじゃないですか？　君は素早い。だから外から撹乱する役割なら、よほど君の方が効率がよかったんです。もしかしたら君は、最初から一人で全員倒すつもりだった、のかもしれないけれど」<br />
　でも、九郎は弁慶を待っていたし、「囮」と自らを称していた、ゆえに、敵との実力差はおそらく結果的なものなはずだった。<br />
　だから問う。理由を尋ねる。<br />
「どうして？」<br />
　九郎はいくらか黙った。試されている、とでも感じたのかもしれない。<br />
　けれどそれとは裏腹に、紡いだ声音は普段通りの彼だった。<br />
「負けず嫌いなお前が、俺に勝つためだけにそんな汚い真似をするわけない」<br />
「言い切りますね」<br />
　また考えなしに発言してる。浅はかさに、弁慶の口元は醜くゆがむ。けどそれはつかの間のこと。<br />
「当たり前だ。でも確かに、囮はお前がやったほうがいいんじゃないかとは思ったけど、でも、お前がああも言い切るから、それでいいんだろうって思った」<br />
「だから、どうして」<br />
「少しは考えろ。そんなの、お前を信じてるからに決まってるじゃないか」<br />
　なおもふてくされたまま言う九郎を、弁慶はきょとんと、見つめてしまった。<br />
「なっなんだ？　まだ疑ってるのか？」<br />
「いいえ……」<br />
　とっさに二の句が浮かばない。多分、九郎相手に言葉を失ったのは、はじめてだ。だって。<br />
「……君は、僕を信じていたんですか？」<br />
　素直に問うと、九郎まで目を見開いて驚いた。<br />
「信用できない奴とこんなとこまで一緒に旅などできるはずないじゃないか」<br />
　お前は違うのか？　と、心底不思議そうに、九郎は言う。<br />
　そんな彼の瞳に、いよいよ弁慶は、感情の全てを奪われ失っていくようで、そして。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
「ってことがあったんですよ」<br />
　と、にっこりと、弁慶がもう１０年近くも前の懐かしい、大切な思い出を語り終えると九郎は、彼が剣を振るう時の切先の如き速さで顔をしかめた。<br />
「嘘だ」<br />
「酷いな、君は」<br />
「だって覚えてない」<br />
「僕、とても嬉しかったのに。君が僕に、そんな風に好意を抱いてくれていたなんて、あの頃は思ってもいなかったですからね。あの事件がなかったら、もしかしたら今僕はここにいないかもしれないし」<br />
　……とはいえ、九郎はなにかを企んでいたわけじゃなく本心を告げただけなのだから、どのみち別の機会に同じような会話をして、結局今の関係に収まっていた可能性の方がはるかに高そうだ、と思ったけれど、黙っておくことにした。<br />
　そんな弁慶に、九郎は至って訝しそうに首をかしげる。<br />
「好意って……まるで自分は違ってたみたいな言いぶりだな。だったらなんで、お前は俺と平泉に行くことにしたんだ？」<br />
「ああ、それは」<br />
　正直、あの当時の九郎なんてどうにでも出しぬける自信がありましたから、というのが本音だったけど、それは隠して、<br />
「運命みたいなものでも感じていたんですよ、きっと」<br />
と、なおもにこにこと、小卓に頬杖ついて弁慶はすらすらと答えた。<br />
「それこそ嘘だろ」<br />
　けど、珍しく見抜かれた。それにわざとらしく弁慶は顔を曇らせてみせる。<br />
「……あの時の、お前を信じてる、っていう君の言葉、本当に嬉しかったのにな。大人になった君はもう、僕の事を信じてはくれないんですね」<br />
　……ああでも、そういえばあの時、「信じてない奴と旅するか！」と九郎が言った直後は、またそうやって後先考えずに思いついたことを言わないでくださいだから君は、とか、喜ぶより先に憤り否定してたような気もするな、なんて思い出しつつも、終わりよければすべてよし、だろう。黙って九郎を見つめると、彼は当時と変わらぬ調子で躊躇いなく口にする。<br />
「今だって、お前の事は信じてる、でも、お前の言う事を鵜呑みにできるはずがないだろう。そもそも、お前にとって大切な想い出、の方を否定してるんじゃない、俺がそんなに馬鹿なことばかり言っていたとは思えない、の方を疑ってるんだ」<br />
「そうですか。では、僕の君への想いは受け取ってもらえるんですね？」<br />
「それはっっ、まあ…」<br />
　そんな彼に、彼の言葉に、弁慶は満たされる。<br />
<br />
<br />
　「信じる」なんて、当時の弁慶からしたら薄っぺらい言葉でしかなかったはずだった。あやふやで、ありふれた誤魔化しに似た言葉。実際、九郎がさらっと口にした時だって、弁慶の知りたかった核心をうやむやにされたような気ばかりがした、<br />
けれど面と向かって言われたそれは悪くなかった。<br />
　けれど、弁慶の中でこのやりとりが、記憶に鮮明に残っているのは、残されているのは結局のところ、そんな甘かったり、少し悔しかったりするような感情ではなく……、<br />
受け取ったのは、言うなれば覚悟だった。<br />
　と、思ったのはあの時からしばらくしたいつだったか。林の中で賊に囲まれた時の事をふと思い返していた時だった。<br />
　今も昔も、九郎の紡ぐ言葉は彼の感情に大きく起因している。のは間違いじゃないけど、だけど、九郎にはいつでもたぶん、自覚があった。<br />
　源氏の御曹司としての自覚。家の名を背負い平家を倒すという意思。重さ。<br />
　ゆえに……本人がどれだけ意識しているかは別として、なにが起きても九郎は源氏の名を捨てることはできない、という強い想いを彼は常に持っていたのではないだろうか、と、思ったのだ、それこそ、野盗に囲まれ囮を引き受けた時、理不尽なまでに強かったあれのように。こんな所で朽ちてはいけないと九郎は心に決めていたのだと思う。そして、もし仮に、弁慶に刃を突き付けられることがあったとしても、返り討ちにする、それだけの気負いがあったのだろう、すべて無意識の下のものだったとしても。<br />
　弁慶は見誤っていたのだ、彼を。<br />
　そういえば、九郎は時として意思の強い目をしていた。それは彼が意地っ張りだからだと思い込んでいたけれど、そうではなく、<br />
彼にはそうする理由が、それこそ弁慶と最初に出会った時には既にあったのだ、ただひねくれていただけの弁慶とは違って。<br />
　目の前が開けたような感覚に陥った。と同時に打ちのめされたので、今でも思い出すたび苦々しくもあるのだけれど、<br />
でも多分、あの過去を通過していなかったら今ここに、間違いなく弁慶はいない。<br />
　だからといって、彼とのやりとりが極端に改善した、なんて都合よくはいかない。当たり前に対立は続く。旅路の最中だろうと戦略の事だろうと、口づけをかわす時だろうと変わらない。<br />
　その度に九郎は怒り、笑い、時に俯き戸惑う、けれど、<br />
九郎は結局迷わない。<br />
　<br />
<br />
　ひとしきり九郎の動揺を堪能した後、弁慶は再び問う。<br />
「……君は、昔も今も、僕のことを信じてくれているんですね。嬉しいけれど、いいんですか？　今度こそ、君を囮にして僕は逃げるかもしれない」<br />
　軽口叩くような気軽さの弁慶に、九郎はあの日と同じ口調で答えた。<br />
「したければしろ」<br />
「言い切りますね」<br />
「言い切るさ。お前は俺の軍師なんだろう？」<br />
「ええ」<br />
　それは、彼にとっては不幸だろう。でも、弁慶にとっては幸運だった。<br />
　すべては、九郎が最初から源氏の御曹司だったのと同じように、彼に最初に見えた時から定められていたものなのかもしれない。<br />
「今も昔も、お前は回りくどいな、と、お前の話のせいで俺も思い出した」<br />
　何を今更、身構えて損した、と、言いたげに九郎はつまらなそうに息を吐く。も、再び弁慶を見るなり驚いた。<br />
「……そんなに嬉しいのか？」<br />
　弁慶はごく素直に返した。<br />
「勿論です。……ありがとう、九郎」<br />
「変な奴だな」<br />
　九郎はなおも訝しげだった。それでも、これ以上会話を続けることに飽きたのだろう、景時におすそ分けしてもらった柿をひとつがぶりとかじって会話を終わらせた。<br />
　彼と、ただ見つめる弁慶の間を、すっかり冷えた京の秋風が通り抜ける。<br />
　今度こそ、この先は裏切りだ。源氏に対してのものではなく、九郎への、彼の綴るまっすぐな好意に対しての。それでも、<br />
それでも確かに、彼へのこの想いは恋だった。と、信じている。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<span style="font-size:85%">信じるどうこうって歌を聞いてたら書きたくなっちゃいましたけどかききれてない<br />
あげくたぶん似たようなこと書いたことあるような気しかしないのだけどこれはこれで<br />
書いたらすみやかに書いたことを忘れていく方なのでなにを書いたか覚えていない</span><br />
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    <pubDate>Thu, 21 Apr 2011 15:18:56 GMT</pubDate>
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