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「あいつは呪術とか好きだからな」と聞いたことがあったし、彼がそのような書物に興味を示している姿もずっと前から繰り返し見かけたことがあった。
だから、きっと自分にも呪詛をかけたのだ、と思いたくなる瞬間が、それがただの現実逃避だとしても、ヒノエのそう長くもないだろう、少なくとも彼よりは嵩の足りない人生の中で、とはいえ、何度もあった。
自分の感情に責任を持てないとか、他人由来にするとか、そんなの性分じゃない。特にこんな、恋、なんて分類されるのであろう感情なら尚更だ。胸を張って、彼が良いと思ったから好ましいと思ったんだ、と言いたい。熊野の男なんだから殊更に言いたい。他人が同じことを言っていたら何言ってんだだせえとか絶対言うに違いないと思う、けど、ヒノエからしたら、もう、どうにもままならなさすぎて恨みたくなることが、多々あったのだ。
自分でも情けないし弱音だし未熟すぎて悔しくて仕方が無いが、相手の本音が分からないのだ。
ただでさえかなり年上で、近しすぎる親類で、向こうは幼いころからヒノエの事を知っている。それだけでもまあ、分は悪い。その上相手は口先から生まれてきた、を地で行く男であったので、それはもう、ヒノエは延々と、それこそ恋心に気付くよりもずっと前から、煙に巻かれ続けてきた日々だった。
素直に好意を(もちろん肉親としての、だ)を抱いていた幼い頃からいいようにあしらわれている、と、子供心に勘づいていた。腹を立てて無視をしてみれば、そのまま相手からは触れてこなかったのですぐやめた。だから、どうにかこうにか相手にしてやったり、という顔をさせたい、と、いわゆる「ませた子供」の振る舞いをするようになった……のは、彼だけに起因しているとは思ってないし、思うのも、熊野別当(当時)の嫡男として許せないけど、一因になったのは認めざるを得ない。
楽しかったのだ。自棄になってた部分もあったけど、京をはじめとした外の世界の話を、仏やら薬やらの知らない知識の話を、聞くのが好きだったのだ。
たとえあの、見た目よりずっと荒れた手で「ヒノエは賢い子ですね」と頭を撫でられるのが嬉しかった思いも切り捨てられないほどだったとしても、好きだったのだ。
そう、そうしてただ、「外から来た珍しい客」に「褒められる」ことを、思いの他望んでいたのだ、と気付くようになったのが、ヒノエの努力の結果、彼が、ヒノエとそれなりにまともにつきあってくれるようになってからだった。
と同時に、おそらくそれが恋の起点となるのだ。彼の手のひらの心地よさが、いくつの朝と夜を越えても、繰り返し、繰り返し、夢にまでみてしまうほどのそれが、最初はただの執着だったとしても、恋としてのはじまりなのは、間違いないのだ。
ヒノエはそう信じている。
とはいえ恋に生きる熊野の男として、これだけで終わるなら良かった。彼がそれだけの、ただ、少しだけ人と心の距離を取るだけの人間だったなら、口説き落としてしまえる自信があった。それはあの頃から5年を経て名も改めた今、なお確信を強めている。ヒノエは自分に自負を持っている。
だが相手が悪かった。そんな彼だから恋をしたのだ、という点が、まさに、呪詛としか言えない要因であるのだけど、悪かった。
ただひとり、と、恋情を抱いて気がついた。ヒノエには彼の本心がとんと分からなかったのだ。
もともと分かりにくい人だとは子供心にも思っていた。
まず誰に対しても微笑んでばかりの人だった。にこにこと優しそう、というよりは、小さいヒノエにさえ利発、という印象を与える笑みを浮かべていた人だった。怒ったところはまず見なかった。10にもなればそれが普通じゃないことくらい気がついた。
表情を変えるのはおおよそ彼の兄、つまりヒノエの父の前でくらいだった。父の前では彼は笑うし膨れる。が、やはり、会話を聞いてるとくだらないことばかりで何を言ってるのか、言いたいのか分からない。意味の無い会話を楽しみたい時だってあるだろう。が、度がすぎている、というか、まるで言葉遊びを繰り返しているようにしか、いつしかヒノエには見れなくなっていた。
世の女人に対している姿を見るようになった時、その思いはますます大きくなった。
彼が源氏に与するようになった頃だ。その頃ヒノエも熊野の外へ出向いて見分を広めることに夢中になっていたので、主に、よく京で彼に会った。
そこでの彼は「弁慶先生」だった。熊野での「別当家の親類」である彼とはまた違う、いくらかくだけた姿の彼は、姫君たちによく囲まれていて、実に調子のいいことばかり並べていた。
別に、姫君を口説くことを言及したいのではない。ヒノエだって姫君と言葉を交わすのは好きだし、それは熊野の男の嗜みだ。だが彼とヒノエとでは姿勢のようなもの、が、全く違った。
たとえばヒノエは彼女たちを言葉を交わす事を楽しんでいる。美しいと褒めれば喜ぶ花達の姿を愛おしく思っている。どこか出掛けないかと誘う時はもちろん本気で楽しむためだ。実際に街を巡ることになればそれは有意義な時間になるだろう。誘いを受ける時だってある。その場合も乗る時はのる。駄目な時はきっぱり断る。これが礼儀というものだと思っている。
対して彼は、ヒノエから言わせると不誠実なのだ。まず彼は大抵褒める。それはいい、が、別にただ褒めているだけなのだ。しかも、真剣そうな振る舞いで、じっと眼を見つめてやられたら、彼に懸想している娘でなくたって心がぐらつくものだろう。
もちろん京は都だから、そういうのに手慣れている女人も山ほどいる。それならいい、が、彼は、ヒノエのように誘いたいわけではなく、素で、軽さも含ませず容赦もせずに称えるのだ。傍から見ていて気が気ではない。こんな男に騙されるのは姫君の貴重な時間の無駄でしかないのだから。
その上見ていて更に気がついた。彼が褒めるのは姫君だけではなく、男でも老人でも、おおよそ人というものなら誰でも褒めるのだった。熊野にいた時には気付かなかった…のは、熊野で彼と、ヒノエと、共に邂逅した人間と云うのはたいてい、熊野の民で、つまりヒノエからしたら好感を持っている相手だったので、それがいわゆる「世辞」だと気付かなかったのだ。
だから京で、彼のよくよくまわる口先を見た時のヒノエの心境といったら無かった。
「ねえよ!」とつっかかったら「なにがですか?」としれっと返されて、にっこりといつものように微笑まれて、腹がたって飛び出してしまった程だった。
……理解できる部分は、あるのだ。彼は幼い頃から京の寺育ち。様々な人間に囲まれて生きてきたのだろう。都という土地柄、比叡という名門、どれだけ様々な身分、性格の人間に相まみえる機会があったのか。その中で、相手の気分を良くする、というのは確かに有効だったに違いない。「九郎の軍師」という立場なら尚の事重要だろう。熊野本宮別当の嫡男として育ち、どちらかと云わずとも「上に立つ」立場ゆえに舐められてはいけないヒノエとは違う。飛び出してすぐ、きちんと理解した。
だからその事自体はいい。
問題は、彼があまりにも、当たり前に、誰かれ構わずそういう態度をとっているという事実なのだ。
京の街の患者、学友、貴族、熊野の民、そしてヒノエにさえ。
比較的、認められていると思っていた。どちらかといえば特別扱いされているとも思っていた。
そんな自負が、足元からがらがらと崩れ去った瞬間であった。
それからも、ずっと、ずっと、ずっと、彼のヒノエに対する態度が、街の人へのそれと変わり映えすることはなかった。
ヒノエが熊野に一度戻ってまた京で再会しても、それが田辺や伊勢に移っても。父と共に厳島攻めに出向く直前も。敗北の後に戻ってきても。ヒノエが別当になっても。少しも。むしろ、距離さえ感じて。
それでも想いは募ってゆくばかりで、会いたい、会いたい、会って、知らない笑顔で笑って欲しい、心を揺らして欲しい、と、夜な夜な繰り返す心は、ほら、呪詛としか言いようがなかったのだった。
性質の悪い呪い。
そんなもの、「甥っ子」以上の関心がないあの叔父がかける訳がないと、理由がないと、理屈では分かっていても。
かけてくれるくらい、彼を好むように想ってくれていればいいと願わずにはいられないのだった。
そんな彼を「分かりやすい」と評した男が3人いた。
一人目は父だった。「たしかにあいつはああだけど、目的のために手段は選ばないからな」といつだか笑って言ったそれは確かに同意だった。でもそういうことじゃない。何企んでるのか分からない、と、ヒノエがなおも云い募ると、「お前に害を与えることはねえよ、ほっとけ」で片づけられた。逸れじゃ足りない、と、さすがに実の父に言うだけの勇気は、ヒノエにもなかったので、それ以上聞く事はなかった。
二人目は九郎だった。彼とは10年来の親友だ!と胸を張る彼はなるほど確かに一番近しい人物だった。が、九郎が何をもって彼を「分かりやすい」と云うのか、ヒノエにはさっぱり理解できなかった。その話をした朝だって、まんまと言いくるめられて好物の栗をいくつかかっさらわれていた癖に。指摘すれば「確かにそうだが」と言い淀みつつ、けれど彼も続けるのだった。「それでも、あいつはいいやつで、楽しい時には笑うし、怒るし」と言われてしまえば、結局父と同じ側の人間に聞いた自分が馬鹿だった、と、両手を翳して退散するしかないのであった。
ので、成程そうかもしれない、と、きっかけを抱いたのは、三人目の男、八葉の仲間でもある景時の言を聞いた時だった。
「弁慶? うん確かにまあね、さすが軍師だな読めないな~って思う事たくさんあるけど、でもヒノエくんなら見透かせるんじゃないかな? 案外分かりやすいと思うよ」
叔父より年上の景時は、いつものように飄々と口にしたけれど、ヒノエは顔をしかめてしまう。
「こちとら何年も見て言ってるんだけど」
「はは、そうだよね。けど俺も、なんだかんだここ2年くらい同じ街を本拠にしてるし、今でこそこんなだけど、元は仕事仲間だからね。随分観察させてもらった成果かな?」
観察。とは物騒な。と、若いヒノエは思ったけど、よくよく考えれば自分も大差ない事をしている、と、気がついたのでそのまま質問を返す。
「自信ありそうだね?」
「まー。九郎ほどじゃないとは思うけど。って、お客さんかな」
声にそちらを見れば、ちょうど梶原屋敷の入り口で、弁慶とどこぞの姫君が話をしている。口笛吹いてやりたくなったけど、その前に景時が指を立ててヒノエを制した。
だから、きっと自分にも呪詛をかけたのだ、と思いたくなる瞬間が、それがただの現実逃避だとしても、ヒノエのそう長くもないだろう、少なくとも彼よりは嵩の足りない人生の中で、とはいえ、何度もあった。
自分の感情に責任を持てないとか、他人由来にするとか、そんなの性分じゃない。特にこんな、恋、なんて分類されるのであろう感情なら尚更だ。胸を張って、彼が良いと思ったから好ましいと思ったんだ、と言いたい。熊野の男なんだから殊更に言いたい。他人が同じことを言っていたら何言ってんだだせえとか絶対言うに違いないと思う、けど、ヒノエからしたら、もう、どうにもままならなさすぎて恨みたくなることが、多々あったのだ。
自分でも情けないし弱音だし未熟すぎて悔しくて仕方が無いが、相手の本音が分からないのだ。
ただでさえかなり年上で、近しすぎる親類で、向こうは幼いころからヒノエの事を知っている。それだけでもまあ、分は悪い。その上相手は口先から生まれてきた、を地で行く男であったので、それはもう、ヒノエは延々と、それこそ恋心に気付くよりもずっと前から、煙に巻かれ続けてきた日々だった。
素直に好意を(もちろん肉親としての、だ)を抱いていた幼い頃からいいようにあしらわれている、と、子供心に勘づいていた。腹を立てて無視をしてみれば、そのまま相手からは触れてこなかったのですぐやめた。だから、どうにかこうにか相手にしてやったり、という顔をさせたい、と、いわゆる「ませた子供」の振る舞いをするようになった……のは、彼だけに起因しているとは思ってないし、思うのも、熊野別当(当時)の嫡男として許せないけど、一因になったのは認めざるを得ない。
楽しかったのだ。自棄になってた部分もあったけど、京をはじめとした外の世界の話を、仏やら薬やらの知らない知識の話を、聞くのが好きだったのだ。
たとえあの、見た目よりずっと荒れた手で「ヒノエは賢い子ですね」と頭を撫でられるのが嬉しかった思いも切り捨てられないほどだったとしても、好きだったのだ。
そう、そうしてただ、「外から来た珍しい客」に「褒められる」ことを、思いの他望んでいたのだ、と気付くようになったのが、ヒノエの努力の結果、彼が、ヒノエとそれなりにまともにつきあってくれるようになってからだった。
と同時に、おそらくそれが恋の起点となるのだ。彼の手のひらの心地よさが、いくつの朝と夜を越えても、繰り返し、繰り返し、夢にまでみてしまうほどのそれが、最初はただの執着だったとしても、恋としてのはじまりなのは、間違いないのだ。
ヒノエはそう信じている。
とはいえ恋に生きる熊野の男として、これだけで終わるなら良かった。彼がそれだけの、ただ、少しだけ人と心の距離を取るだけの人間だったなら、口説き落としてしまえる自信があった。それはあの頃から5年を経て名も改めた今、なお確信を強めている。ヒノエは自分に自負を持っている。
だが相手が悪かった。そんな彼だから恋をしたのだ、という点が、まさに、呪詛としか言えない要因であるのだけど、悪かった。
ただひとり、と、恋情を抱いて気がついた。ヒノエには彼の本心がとんと分からなかったのだ。
もともと分かりにくい人だとは子供心にも思っていた。
まず誰に対しても微笑んでばかりの人だった。にこにこと優しそう、というよりは、小さいヒノエにさえ利発、という印象を与える笑みを浮かべていた人だった。怒ったところはまず見なかった。10にもなればそれが普通じゃないことくらい気がついた。
表情を変えるのはおおよそ彼の兄、つまりヒノエの父の前でくらいだった。父の前では彼は笑うし膨れる。が、やはり、会話を聞いてるとくだらないことばかりで何を言ってるのか、言いたいのか分からない。意味の無い会話を楽しみたい時だってあるだろう。が、度がすぎている、というか、まるで言葉遊びを繰り返しているようにしか、いつしかヒノエには見れなくなっていた。
世の女人に対している姿を見るようになった時、その思いはますます大きくなった。
彼が源氏に与するようになった頃だ。その頃ヒノエも熊野の外へ出向いて見分を広めることに夢中になっていたので、主に、よく京で彼に会った。
そこでの彼は「弁慶先生」だった。熊野での「別当家の親類」である彼とはまた違う、いくらかくだけた姿の彼は、姫君たちによく囲まれていて、実に調子のいいことばかり並べていた。
別に、姫君を口説くことを言及したいのではない。ヒノエだって姫君と言葉を交わすのは好きだし、それは熊野の男の嗜みだ。だが彼とヒノエとでは姿勢のようなもの、が、全く違った。
たとえばヒノエは彼女たちを言葉を交わす事を楽しんでいる。美しいと褒めれば喜ぶ花達の姿を愛おしく思っている。どこか出掛けないかと誘う時はもちろん本気で楽しむためだ。実際に街を巡ることになればそれは有意義な時間になるだろう。誘いを受ける時だってある。その場合も乗る時はのる。駄目な時はきっぱり断る。これが礼儀というものだと思っている。
対して彼は、ヒノエから言わせると不誠実なのだ。まず彼は大抵褒める。それはいい、が、別にただ褒めているだけなのだ。しかも、真剣そうな振る舞いで、じっと眼を見つめてやられたら、彼に懸想している娘でなくたって心がぐらつくものだろう。
もちろん京は都だから、そういうのに手慣れている女人も山ほどいる。それならいい、が、彼は、ヒノエのように誘いたいわけではなく、素で、軽さも含ませず容赦もせずに称えるのだ。傍から見ていて気が気ではない。こんな男に騙されるのは姫君の貴重な時間の無駄でしかないのだから。
その上見ていて更に気がついた。彼が褒めるのは姫君だけではなく、男でも老人でも、おおよそ人というものなら誰でも褒めるのだった。熊野にいた時には気付かなかった…のは、熊野で彼と、ヒノエと、共に邂逅した人間と云うのはたいてい、熊野の民で、つまりヒノエからしたら好感を持っている相手だったので、それがいわゆる「世辞」だと気付かなかったのだ。
だから京で、彼のよくよくまわる口先を見た時のヒノエの心境といったら無かった。
「ねえよ!」とつっかかったら「なにがですか?」としれっと返されて、にっこりといつものように微笑まれて、腹がたって飛び出してしまった程だった。
……理解できる部分は、あるのだ。彼は幼い頃から京の寺育ち。様々な人間に囲まれて生きてきたのだろう。都という土地柄、比叡という名門、どれだけ様々な身分、性格の人間に相まみえる機会があったのか。その中で、相手の気分を良くする、というのは確かに有効だったに違いない。「九郎の軍師」という立場なら尚の事重要だろう。熊野本宮別当の嫡男として育ち、どちらかと云わずとも「上に立つ」立場ゆえに舐められてはいけないヒノエとは違う。飛び出してすぐ、きちんと理解した。
だからその事自体はいい。
問題は、彼があまりにも、当たり前に、誰かれ構わずそういう態度をとっているという事実なのだ。
京の街の患者、学友、貴族、熊野の民、そしてヒノエにさえ。
比較的、認められていると思っていた。どちらかといえば特別扱いされているとも思っていた。
そんな自負が、足元からがらがらと崩れ去った瞬間であった。
それからも、ずっと、ずっと、ずっと、彼のヒノエに対する態度が、街の人へのそれと変わり映えすることはなかった。
ヒノエが熊野に一度戻ってまた京で再会しても、それが田辺や伊勢に移っても。父と共に厳島攻めに出向く直前も。敗北の後に戻ってきても。ヒノエが別当になっても。少しも。むしろ、距離さえ感じて。
それでも想いは募ってゆくばかりで、会いたい、会いたい、会って、知らない笑顔で笑って欲しい、心を揺らして欲しい、と、夜な夜な繰り返す心は、ほら、呪詛としか言いようがなかったのだった。
性質の悪い呪い。
そんなもの、「甥っ子」以上の関心がないあの叔父がかける訳がないと、理由がないと、理屈では分かっていても。
かけてくれるくらい、彼を好むように想ってくれていればいいと願わずにはいられないのだった。
そんな彼を「分かりやすい」と評した男が3人いた。
一人目は父だった。「たしかにあいつはああだけど、目的のために手段は選ばないからな」といつだか笑って言ったそれは確かに同意だった。でもそういうことじゃない。何企んでるのか分からない、と、ヒノエがなおも云い募ると、「お前に害を与えることはねえよ、ほっとけ」で片づけられた。逸れじゃ足りない、と、さすがに実の父に言うだけの勇気は、ヒノエにもなかったので、それ以上聞く事はなかった。
二人目は九郎だった。彼とは10年来の親友だ!と胸を張る彼はなるほど確かに一番近しい人物だった。が、九郎が何をもって彼を「分かりやすい」と云うのか、ヒノエにはさっぱり理解できなかった。その話をした朝だって、まんまと言いくるめられて好物の栗をいくつかかっさらわれていた癖に。指摘すれば「確かにそうだが」と言い淀みつつ、けれど彼も続けるのだった。「それでも、あいつはいいやつで、楽しい時には笑うし、怒るし」と言われてしまえば、結局父と同じ側の人間に聞いた自分が馬鹿だった、と、両手を翳して退散するしかないのであった。
ので、成程そうかもしれない、と、きっかけを抱いたのは、三人目の男、八葉の仲間でもある景時の言を聞いた時だった。
「弁慶? うん確かにまあね、さすが軍師だな読めないな~って思う事たくさんあるけど、でもヒノエくんなら見透かせるんじゃないかな? 案外分かりやすいと思うよ」
叔父より年上の景時は、いつものように飄々と口にしたけれど、ヒノエは顔をしかめてしまう。
「こちとら何年も見て言ってるんだけど」
「はは、そうだよね。けど俺も、なんだかんだここ2年くらい同じ街を本拠にしてるし、今でこそこんなだけど、元は仕事仲間だからね。随分観察させてもらった成果かな?」
観察。とは物騒な。と、若いヒノエは思ったけど、よくよく考えれば自分も大差ない事をしている、と、気がついたのでそのまま質問を返す。
「自信ありそうだね?」
「まー。九郎ほどじゃないとは思うけど。って、お客さんかな」
声にそちらを見れば、ちょうど梶原屋敷の入り口で、弁慶とどこぞの姫君が話をしている。口笛吹いてやりたくなったけど、その前に景時が指を立ててヒノエを制した。
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