uc特設/ 弁慶と九郎(九弁ではある)(2500字) 忍者ブログ
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 九郎が見当たらない。
 特に用があったわけではなかった。けれどなんとなく、弁慶は高館の屋敷の中を探す、
と、奥の庭に面した濡縁で彼は一人、外を見ていた。
 呼ぶ前に、すっと近づく。それは九郎の様子を伺うためだった、でも飛び込んできた光景に、弁慶は思わず口にした。
「これは……ああ、懐かしい」
 九郎が振り返る。
「戻ったか弁慶。御館には会えたか?」
「いえ、残念ながら。ちょうど中尊寺に詣でに出たところだったそうで。夕方にでもまた出直しましょう」
「そうか」
 弁慶が九郎の隣に腰をおろしたところで、彼もさっきまでしていたように庭に向き直る。
 弁慶も倣って庭を見た。見上げた。
「この木、あの時の木ですよね?」
 庭の中心には、柿の木。まだ若い木だけれど、立派に実が成っている。
「ああ、そうだ。この前泰衡にも聞いてきたから間違いない」
 覚えている。はっきりと。
 何故なら、これは彼らがまだ若かった頃、最初にこの地へ来た頃にはなかったものだからだ。
「まさか、本当に育つなんて」
 呆気にとられ見上げてしまう弁慶に、九郎が手の平に橙を乗せ差し出した。
「食うか?」
「その木の柿、ですか?」
「ああ」
 柿色の髪を揺らしながら、こっくりと頷く九郎。どこか誇らし気だ。
 そんな彼が実に愛おしい。などという想いをこめて弁慶はにっこりと微笑み返す。
「結構です」
 九郎は首を傾げた。
「ん? ……さてはなにかつまんできたな?」
「いいえ。どちらかと言えば、空腹に近いかな」
「ああ、分かった。渋柿じゃないか疑ってるんだろう? 案外美味いぞ。なんなら俺が味見したのを食べればいい」
「君が嘘をついて、渋いものをよこすかもしれないのに?」
「俺はそんなことはしない!」
「ええ、分かってます。冗談ですよ、九郎」
 弁慶が朗らかに言うも、九郎の機嫌はすっかり損なわれてしまっていた。
「じゃあ一体何なんだ?」
 これ以上焦らすと、既に寄っている眉間の皺が更に増えそうだ。弁慶は正直に答えることにした。
 とは言っても、これで九郎に笑顔が戻るのかも怪しいのだけど。
「君、昔言ったじゃないですか」
「何を」
「『この柿がいつか実をつけてもお前にだけは絶対にやらん!』って」
 今から…八年ほど前。弁慶と九郎が平泉に来て最初の秋。
 九郎は柿が好きだけれど……柿だけでなく、果物ならたいてい、九郎は好んで食べるけれど、当時の彼はとにかく柿が好きだった。
 ちょうど高館の屋敷の向かいに立派な柿の木が数本生えていたこともあって、九郎は毎日、朝も昼も夜も柿を食べていた。
 挙句、『もしや種を植えたら木が生えてくるのでは』と、九郎は庭に勝手に種を植えはじめた。
 その一本がまさに、今二人の前にあるこの木だ、間違いなく。
 いわば、思い出の木。
 けれど、思い出は楽しいものばかりではなく。
「忘れてしまったみたいですね、君は」
 今となっては微笑ましい話だ。けれどその頃の弁慶は、ひがな一日庭を耕し種を植えていた九郎の行動に心底呆れていたのだ。だっておかげで九郎は全く人の話を聞かなくなったし、なによりそんな適当に生えたら苦労しない。
 だから言った。
「『柿と僕と、どっちが大切なんですか?』」
 と、当時恋仲でもなんでもなかったのに言った。ある程度見知った人間にそう言われて素直に柿を選べる九郎ではない、これで少しはマシになるだろうと思っていた打算もあった。
 けれど九郎は即答だった。
「そんな僕の言葉に君は、『もしこの木が実をつけてもお前にだけはやらん!』って言ったのに、覚えてないんですね」
 過去の九郎はそう叫んだあと、やけになってますます庭を耕していた。とにかくむきになっていたのを覚えている。
 けれど、今の九郎は違う。わざと拗ねた目で弁慶が見上げると、思い出したのか、一気に顔を赤らめたじろいだ。
「それは、お前がいきなり変なことを言ったから!」
「変なこと?」
「そうだ!なんで柿とお前と比べるんだ、おかしいだろ」
「そうやって君の純真さにつけこんで柿を諦めさせようとしたこと、大人気なかったな、とは、今では思いますけどね。もしかしてあの頃には既に、僕は君に恋をしていたのかな。でもまさか、君が柿を選ぶなんて思わなかったですけどね」
「いや、そうじゃなくて、」
 微笑む弁慶に負けじと、九郎は照れながらも拳を握り、なにか言い繕うべく必死だった。
「そうじゃなくて?」
「だから俺はっ!」
 でも、そんな彼を遠くから呼ぶ声が二人に届いた。
「九郎さーんどこですか九郎さーーん!」
「望美か」
「ですね。随分焦っているみたいだ」
 その上、声はかなり近い。何気なくそちらを見る。足音までかすかに響いてきた。
 これは話はここまでだろう。やむを得ない。特段、続けたい話でもなかったし。
 九郎もそう思ったのか、立ちあがる気配がした。ので、弁慶は振り返る。
「はやく行ってあげて…」
 けれどそれを九郎が遮った。
「弁慶」
 ちょうど振り向いた時だった。目の前に屈んだ九郎がいた。そしてそのままくちづけられた。
 重なる感触はわずかだった。味わう間も、惜しむ間すらなく九郎は離れ、
「忘れてるのはお前の方だ」
とだけ言い残し、呼ばれている割には急ごうともせずに離れていった。
 すぐに、部屋ひとつ向こうあたりで九郎と望美の会話が聞こえはじめた。どうやら夕飯の買い出しの話らしい。
 でも弁慶はそれを聞く気には今はなれるはずなく。
「忘れている? ……僕が?」
 九郎が座っていた方を見たままに呟いてしまう。
 あの時、それ以上のなにかがあっただろうか? けれど九郎がああもまで言うのなら、何かあるのだろう、
でも、思い出せない。
 おもむろに、九郎が置き去りにした柿をひとつ、手にとった。皮が適度にしっとりしていて、甘味も足りていそうだ。
「柿と僕と、どっちが大事なんですか……ねえ?」
 過去の九郎の身代わりに、柿に問いかける。還るはず無い返事を待ち、柿を高くに放りながら自嘲する。
「……本当に僕も」
 若かった。言いかけた。
 でもぱしりと柿が弁慶の手の平へ戻ってきた瞬間、思い出した。
「…………」
『柿とお前と比べる方がおかしい!』
 さっきの九郎の言葉。と同時に、過去の九郎の言葉。
『俺がお前と何かを比べられると思ってるのか、お前は!』
 と怒って、そんなこと言うなら柿はやらんと言い出したのだった、そういえば。
 当時は恋仲でもなく、ましてや互いにただの友人としか思ってなかったはずの彼に、だ。無意識にくちびるに指が伸びる。
「…………ああ、本当に僕は」
 大きく息を吐きながら、九郎の腰掛けていたあたりを見下ろし、言葉を零した。
 しばらくそうした後、目を細めつつ弁慶は再び柿の木に顔を向ける。
 秋の日差しが庭に落ちる。眺めながら、手の中の柿の実にがぶりと歯をたてた。




桃栗三年柿八年

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