uc特設/ 弁慶と九郎(おおよそ九弁)(8500字) 忍者ブログ
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「いやだ」
 と、なおも頑なに否定する九郎の声が北陸の地にこだまして、林で休んでいた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
 もう何度目になるか分からぬやりとりだ。弁慶が眉をつりあげるのも含めて、数え切れないほどにのぼっている。
「本当に目先の事しか見ないんですね君は」
「お前は負けを認めたくないだけだろ」
「それは君です。失礼です。僕は、僕たちの身を守る為に言ってるのに」
「でもまだ日は落ちてない。もう少し歩けば、宿には届かなくても家はあるかもしれないじゃないか、って、俺もさっきから言っている」
「あるかもしれない、けど、ないかもしれない。だったら今、この林の中で野営の支度を始める方が無難です。そもそも昨日君が水遊びなんてしていたから間に合わなくなってしまったのではないですか」
「お前だって今日の昼に呑気に木の実を採ってたじゃないか」
「君が武士のくせに弓も使えないから、代わりに食料を調達したんです」
「嘘つけ。取ってきたうちの半分しか食べてないじゃないか。薬草を集めるついでに食料をとってきたに決まってる!」
「残りは保存食です。またいつ飢えることになるか分かりませんからね」
「前も食べたあれだろう? あれは嫌いだ。腹も膨れないし。俺は食べない」
「へえ、さすが御曹司殿ですね。不味い食べ物は口にできないというんですね、庶民はこれを食べて飢えをしのいでいるんですよ」
「ああ不味いぞ。不味い。だってお前、薬草と一緒に入れるじゃないか。あんな臭いもの食えるか! お前のせいだ!」
「だったら、そもそもこれを食べなきゃいけないのも、宿に間に合わなかったのも、君のせいです」
「うるさい!」
 そして、言い負かされた九郎がそっぽを向くのもいつものことだった。いくら弁慶とはいえ、それが何度目かと数える趣味はないけど、一日一度は見てる気がする。
 でもなお弁慶の心は晴れない。晴れるもんか。だってどうせ、九郎からすれば、弁慶が面倒なこと言ってる、性格も口も悪い、くらいにしか思ってないことなんて明白だったのだから。
 九郎が、俺が悪かったって言わなきゃもはや気がすまないだろう。少なくとも今日は。


 彼とは最初からずっとこんなだった。
 そもそも初対面からして、互いの徒党が衝突したのがきっかけだ。敵対しない方がおかしかった。朝も昼も夜も関係なく、顔を合わせればたいてい何らかの形でやりあっていた。稀に、平和的な会話をかわすこともあったけど、別れる前にはやっぱりいがみ合っていた。
 一応、自分の性格が悪くひねくれていると自負していた弁慶だったので、気にくわない相手などそこらじゅうにいたけど、こんなにもいちいち腹立たしい人間は他にいなかった。どうしてか、彼が口にする事がなにもかも気に食わないのだった。常に調子を狂わされてるような錯覚に陥る。否、きっと錯覚じゃなくて事実。

 そんな彼とどうして二人で旅などしているのか、といえば、それこそ偶然の一致、としか言えなかった。
 ある日……日常的すぎて内容までは思い出せなかったけど、いつものように京の五条のあたりで言いあっていたときに、九郎を知るという商人が、彼を訪ねてやってきた。
 流れで、弁慶も彼の話を一緒に聞いたのだけれど、
商人は告げた。平泉という街があること、そこの当主が様々に人材を集めていることを。
 話が終わるやいなや「行きたい!」と、弁慶は身を乗り出していた。ただし、九郎も全く同時に。
 ……なんていう、たったそれだけのことで。
 どうせ行くなら一緒の方が効率がいい、という九郎の提案に、確かにそれはその通りだ、と納得してしまった弁慶は、二つ返事で頷いてしまった。

 のを、後悔したのは京を北に出てすぐだった。
 やはり京を離れても、九郎は九郎で、ことごとく弁慶と意見が食い違った。
 すべて、どうでもいい些細なことで…たとえば歩く速度が違った、食べ物の好みが違った。食事をとる時間も違った。先生の教えだとか言って必ず夜に明日の備えをしておく九郎に対して、弁慶は朝簡素にそれを終わらせる。
 だから行動がずれるし、そもそも寝る時の枕の向きまで違う。弁慶が飛ぶ鳥を眺めて目を細めていれば九郎は射抜こうとするし、せっかく珍しい薬草があったのに、それも踏みつぶされた。
 共に過ごす時間が長くなるにつれ……というほど、まだ日数は経っていないはずだけど、だんだんに弁慶は自分の感じるずれ、の正体が分かってきた。
 多分、弁慶と九郎は、本当のところ、そう相性が悪くないんだ、多分。本当に嫌なら、顔を合わせるたびに話なんてしないし、平泉に行きたいと同時に言い出したりするのだろう。だけど、性格が違いすぎる。九郎は言動の全てが常に行きあたりばったりすぎる。だから調子や予定を崩される。
 そのくせ、剣の師、という人物のおかげなのか、はたまた余程鞍馬で大事にされてきたのか、源氏の御曹司らしい育ちの良さは窺えるし、……本人無自覚に決まってるけど慎みはあるし、根は素直で礼儀は良い。美徳だろう。でも弁慶には更に面白くない、というか、それも相俟っていまいち九郎という人間をつかみ切れない気がして、そう、釈然としない。
 互いを隔てる溝は埋まらない。

 昨日もそうだった。
 昨日は、海沿いの道を歩いていた。とても晴れた日で、海の光がきらきらと、空の光を跳ね返していた。水は澄んで綺麗で、泳ぐ魚がまた銀色に光っていた。
 それは弁慶から見ても紛れもなく、難をつけるのも無粋なほどに美しい景色だった。九郎と違い、今までほとんど海をみたことがなかった訳じゃないけれどこんなにも美しい海は稀だった。
 だからといって、そこでゆっくりできる行程ではなかった。でも弁慶の言葉に聞く耳持たず、九郎は夢中になって魚を釣った。そのせいで、どう考えても宿をとるつもりだった街まで辿りつけなくなってしまった。
 それだけでも弁慶からすれば腹立たしかったのに、挙句、どうせ間に合わないならこの海の近くで寝よう、と、海沿いすぐの岩場の上を指さして言いだしたのだ、九郎は。
 最終的に、落ちたら危ない、波の満ち引きもあるし風もある。そもそもそんな目立つ所、何かに襲われたらたまったものじゃない、という至極真っ当な弁慶の言葉に、九郎もしぶしぶと撤退したけど、本当にしぶしぶで、無粋だもったいない夜の海も見たかったと延々と夜眠るまで繰り返された。朝になったらすっかり忘れてるのがまた腹立たしい。


 それを踏まえて、今日のこれ。
 昨日の件があったから、今こんなに揉めている。
「とにかく、昨日は俺が譲ったんだから、今日はお前の番だ、弁慶」
 なのに、九郎は胸を張って言った。そんなの飲んでたまるかと弁慶は思った。
「順番で片づける問題じゃないです。そもそも、なんで君はそんなに先を急ぎたいんですか」
「決まってる。早く平泉に行って、一刻も早く立派な武士になるんだ」
「昨日のんびりしてたくせに。それに、そもそも源氏の、君の兄上だってまだ」
「あにうえを侮辱するな!」
 九郎は本当に終始兄上兄上、だ。
 源氏の御曹司だろうがなんだろうが、家の名を守ろうとする、その姿勢は、どちらかといえば好ましい。
 だけどそれと平泉に一刻も早く行くことは関係ない。彼や、彼の兄は未だ日蔭者だという現状を抜きにしても、今まで散々京で過ごしてきた日々に比べれば、一日二日なんて変わらないというのに。
「そんなに焦ってもいいことないですよ」
「焦ってなどいない」
「知らないんですか? 焦ってる人を見分けるのは簡単なんですよ、髪が逆立ってますから」
「!?」
 言葉に、九郎がはっと目を見開いて、自分の頭をわたわたと撫でまわす。単純だ。
 その隙に、弁慶は目を細め、街道から一歩二歩と足を踏み出す。もちろん、野営の準備を始めるためだ。けど、
「弁慶、だましたな!」
 声と同時に、弁慶の体が傾いた。
 九郎が体当たりしてきたのだ。どさり、と、二人まとめて草の中に転がった。
「九郎、君は!」
 どこまでこちらを怒らせれば気がすむんだと、自分の嘘を棚に上げて弁慶はのしかかる九郎を膝で蹴り飛ばそうと足に力を込めながら睨みあげた。
 だけど、予想に反して九郎の顔は真剣そのものだった。
「九郎?」
「静かに」
 顔を近づけ、九郎は囁く。それはまるで押し倒され愛でも囁かれているような体制だったけど、相手が九郎、色気も何もなく、それより弁慶は九郎の変貌が気になった。
 答えはすぐに彼が告げた。
「誰かいる」
「誰か……?」
 言葉に耳をそばだてる、と、確かに声がする。低い男の声、複数、それを配置する手筈、二人を囲む足音。
 物取りだ。全然気付かなかった。しかもかなり多い。
「ほら、ここじゃ危険だっただろう」
「今はそれどころではありません」
「痛っ」
 九郎の長い後ろ髪をぐい、とひきながら、弁慶は短く告げた。
「幸い僕たちはさっきまで喧嘩をしていた」
「喧嘩…? 別に俺は喧嘩なんか」
「そういうのはどうでもいいです。とにかく、それを利用しましょう」
「というと?」
「敵は多分、10人ほどかと。君と僕とが組めばどうにかなるかもしれない。ですが、相手の姿をまだ見てない今、十分とは言えません」
「そんなことない!」
「静かにしてください。……だから、相手の不意をつきましょう。僕はいったん、君から離れます。そして、敵の背後を狙います。いいですね」
「……囮になればいいんだな。分かった」
 弁慶の言葉に九郎は小さく頷いた。すぐさま弁慶は立ち上がった、そして未だ腰を落としまたまの九郎にきっぱりと、冷たく言った。
「いくら金を積まれても、君みたいな分からず屋とは一緒に旅をできません。護衛はここまでです。さようなら」
 そして纏う衣を翻し、草を踏み分け、森の中、街道の先へと進んで行った。
 歩きながら思案する。
 どうやって九郎を囲む賊を倒すか、なんてことではない。けれど……、
今は「そっち」を実行することはやめ、九郎の姿を確認するために、足音をめいいっぱい忍ばせて来た道を戻った。

 林から飛び出しながら、弁慶は思い切り賊の一人を薙ぎ飛ばした。
「騙し打ちか!」
 賊が、なおも薙刀を振りかぶる弁慶を振り返りながら切りあげる。がつん、と、弁慶の撃は阻まれた。とっさに距離を開ける。賊が勢いつけて弁慶に飛びかかる。近い。久しぶりの実戦にひやりと汗が伝う、けれど、弁慶が薙刀を握りなおすより早く、後ろから飛び出す影。
「しまっ」
 賊は慌てて身構えたけれど、最後まで紡がれることなく、九郎の鞘ごとの一閃で阻まれ、地に落ちた。
 あっけないことに、それで最後だった。
「……驚いた。知ってはいましたけれど、君は本当に強いですね」
「お前が遅いのが悪い」
 薙刀をおろしながら見渡す弁慶に、九郎は特に威張るでもなく返した。
 結局弁慶が倒したのは一人だけ。これだったら、九郎が言った通りにここで二人で迎え撃っても良かったかもしれない。
「これでも、お前の分を残しておこうと思って、少しは手を抜いたんだ」
「油断は大敵ですよ」
 と、この現状で言っても説得力はないか。九郎は息さえ整ったままだった。
 ……確かに彼は強いけれど、こんなにも、強かったか?
 訝しんで弁慶は彼の顔を覗き込む。なにか、見慣れぬ顔をしている、気がしたのも束の間。何かを振り払うように、九郎は大きく頭を振った。長い髪が彼の背に戻った時には、九郎はいつもの様子にすっかり戻っていた。
「とにかく、ここを離れよう」
「…そうですね」
 念のため、賊の持ってた獲物をひととおり抱え、ぽい、と、少し遠くの藪の中に掘り投げてから、二人は再び、少し足早に街道を進み始めた。

「結局、今日はどうする?」
 道すがら、結局うやむやになったままの問題を、九郎から提示した。
 だけど弁慶は全然関係ないことを九郎に聞いた。
「その前に、聞きたいことがあるんです……ってなんで嫌そうな顔をしているんですか」
「お前がそういうことを言うときはたいてい嫌なことなんだ」
「失礼です。僕は特段、面倒な事を聞いているつもりはありません。九郎が考えなさすぎなだけです」
「いいからさっさと言え」
 九郎は更に膨れたけど、短気な彼をこれ以上怒らせるのはそれこそ面倒だ。お言葉に甘えて弁慶は単刀直入に問いかけることにした。
「なんで君は囮になったんですか?」
 それに九郎は足を止めた。
「なんでって、お前が言ったことじゃないか」
「ええ。そうです」
 弁慶も倣い、続ける。
「でも、僕が君を見捨てて一人で先に行くと、考えなかったんですか? もしくは、賊に襲われている君に、僕は襲いかかったかもしれない。君が率先したのではなく、囮になれ、と、君に言ったのは僕なのだから」
 現に、弁慶はそう考えた。そうしなかったのはただ、今こうして彼の回答を聞きたかった、それだけの理由に過ぎない。
「それは……」
「そもそも、囮になるなら本来僕の方がよかったと、君は思ったんじゃないですか? 君は素早い。だから外から撹乱する役割なら、よほど君の方が効率がよかったんです。もしかしたら君は、最初から一人で全員倒すつもりだった、のかもしれないけれど」
 でも、九郎は弁慶を待っていたし、「囮」と自らを称していた、ゆえに、敵との実力差はおそらく結果的なものなはずだった。
 だから問う。理由を尋ねる。
「どうして?」
 九郎はいくらか黙った。試されている、とでも感じたのかもしれない。
 けれどそれとは裏腹に、紡いだ声音は普段通りの彼だった。
「負けず嫌いなお前が、俺に勝つためだけにそんな汚い真似をするわけない」
「言い切りますね」
 また考えなしに発言してる。浅はかさに、弁慶の口元は醜くゆがむ。けどそれはつかの間のこと。
「当たり前だ。でも確かに、囮はお前がやったほうがいいんじゃないかとは思ったけど、でも、お前がああも言い切るから、それでいいんだろうって思った」
「だから、どうして」
「少しは考えろ。そんなの、お前を信じてるからに決まってるじゃないか」
 なおもふてくされたまま言う九郎を、弁慶はきょとんと、見つめてしまった。
「なっなんだ? まだ疑ってるのか?」
「いいえ……」
 とっさに二の句が浮かばない。多分、九郎相手に言葉を失ったのは、はじめてだ。だって。
「……君は、僕を信じていたんですか?」
 素直に問うと、九郎まで目を見開いて驚いた。
「信用できない奴とこんなとこまで一緒に旅などできるはずないじゃないか」
 お前は違うのか? と、心底不思議そうに、九郎は言う。
 そんな彼の瞳に、いよいよ弁慶は、感情の全てを奪われ失っていくようで、そして。




「ってことがあったんですよ」
 と、にっこりと、弁慶がもう10年近くも前の懐かしい、大切な思い出を語り終えると九郎は、彼が剣を振るう時の切先の如き速さで顔をしかめた。
「嘘だ」
「酷いな、君は」
「だって覚えてない」
「僕、とても嬉しかったのに。君が僕に、そんな風に好意を抱いてくれていたなんて、あの頃は思ってもいなかったですからね。あの事件がなかったら、もしかしたら今僕はここにいないかもしれないし」
 ……とはいえ、九郎はなにかを企んでいたわけじゃなく本心を告げただけなのだから、どのみち別の機会に同じような会話をして、結局今の関係に収まっていた可能性の方がはるかに高そうだ、と思ったけれど、黙っておくことにした。
 そんな弁慶に、九郎は至って訝しそうに首をかしげる。
「好意って……まるで自分は違ってたみたいな言いぶりだな。だったらなんで、お前は俺と平泉に行くことにしたんだ?」
「ああ、それは」
 正直、あの当時の九郎なんてどうにでも出しぬける自信がありましたから、というのが本音だったけど、それは隠して、
「運命みたいなものでも感じていたんですよ、きっと」
と、なおもにこにこと、小卓に頬杖ついて弁慶はすらすらと答えた。
「それこそ嘘だろ」
 けど、珍しく見抜かれた。それにわざとらしく弁慶は顔を曇らせてみせる。
「……あの時の、お前を信じてる、っていう君の言葉、本当に嬉しかったのにな。大人になった君はもう、僕の事を信じてはくれないんですね」
 ……ああでも、そういえばあの時、「信じてない奴と旅するか!」と九郎が言った直後は、またそうやって後先考えずに思いついたことを言わないでくださいだから君は、とか、喜ぶより先に憤り否定してたような気もするな、なんて思い出しつつも、終わりよければすべてよし、だろう。黙って九郎を見つめると、彼は当時と変わらぬ調子で躊躇いなく口にする。
「今だって、お前の事は信じてる、でも、お前の言う事を鵜呑みにできるはずがないだろう。そもそも、お前にとって大切な想い出、の方を否定してるんじゃない、俺がそんなに馬鹿なことばかり言っていたとは思えない、の方を疑ってるんだ」
「そうですか。では、僕の君への想いは受け取ってもらえるんですね?」
「それはっっ、まあ…」
 そんな彼に、彼の言葉に、弁慶は満たされる。


 「信じる」なんて、当時の弁慶からしたら薄っぺらい言葉でしかなかったはずだった。あやふやで、ありふれた誤魔化しに似た言葉。実際、九郎がさらっと口にした時だって、弁慶の知りたかった核心をうやむやにされたような気ばかりがした、
けれど面と向かって言われたそれは悪くなかった。
 けれど、弁慶の中でこのやりとりが、記憶に鮮明に残っているのは、残されているのは結局のところ、そんな甘かったり、少し悔しかったりするような感情ではなく……、
受け取ったのは、言うなれば覚悟だった。
 と、思ったのはあの時からしばらくしたいつだったか。林の中で賊に囲まれた時の事をふと思い返していた時だった。
 今も昔も、九郎の紡ぐ言葉は彼の感情に大きく起因している。のは間違いじゃないけど、だけど、九郎にはいつでもたぶん、自覚があった。
 源氏の御曹司としての自覚。家の名を背負い平家を倒すという意思。重さ。
 ゆえに……本人がどれだけ意識しているかは別として、なにが起きても九郎は源氏の名を捨てることはできない、という強い想いを彼は常に持っていたのではないだろうか、と、思ったのだ、それこそ、野盗に囲まれ囮を引き受けた時、理不尽なまでに強かったあれのように。こんな所で朽ちてはいけないと九郎は心に決めていたのだと思う。そして、もし仮に、弁慶に刃を突き付けられることがあったとしても、返り討ちにする、それだけの気負いがあったのだろう、すべて無意識の下のものだったとしても。
 弁慶は見誤っていたのだ、彼を。
 そういえば、九郎は時として意思の強い目をしていた。それは彼が意地っ張りだからだと思い込んでいたけれど、そうではなく、
彼にはそうする理由が、それこそ弁慶と最初に出会った時には既にあったのだ、ただひねくれていただけの弁慶とは違って。
 目の前が開けたような感覚に陥った。と同時に打ちのめされたので、今でも思い出すたび苦々しくもあるのだけれど、
でも多分、あの過去を通過していなかったら今ここに、間違いなく弁慶はいない。
 だからといって、彼とのやりとりが極端に改善した、なんて都合よくはいかない。当たり前に対立は続く。旅路の最中だろうと戦略の事だろうと、口づけをかわす時だろうと変わらない。
 その度に九郎は怒り、笑い、時に俯き戸惑う、けれど、
九郎は結局迷わない。
 

 ひとしきり九郎の動揺を堪能した後、弁慶は再び問う。
「……君は、昔も今も、僕のことを信じてくれているんですね。嬉しいけれど、いいんですか? 今度こそ、君を囮にして僕は逃げるかもしれない」
 軽口叩くような気軽さの弁慶に、九郎はあの日と同じ口調で答えた。
「したければしろ」
「言い切りますね」
「言い切るさ。お前は俺の軍師なんだろう?」
「ええ」
 それは、彼にとっては不幸だろう。でも、弁慶にとっては幸運だった。
 すべては、九郎が最初から源氏の御曹司だったのと同じように、彼に最初に見えた時から定められていたものなのかもしれない。
「今も昔も、お前は回りくどいな、と、お前の話のせいで俺も思い出した」
 何を今更、身構えて損した、と、言いたげに九郎はつまらなそうに息を吐く。も、再び弁慶を見るなり驚いた。
「……そんなに嬉しいのか?」
 弁慶はごく素直に返した。
「勿論です。……ありがとう、九郎」
「変な奴だな」
 九郎はなおも訝しげだった。それでも、これ以上会話を続けることに飽きたのだろう、景時におすそ分けしてもらった柿をひとつがぶりとかじって会話を終わらせた。
 彼と、ただ見つめる弁慶の間を、すっかり冷えた京の秋風が通り抜ける。
 今度こそ、この先は裏切りだ。源氏に対してのものではなく、九郎への、彼の綴るまっすぐな好意に対しての。それでも、
それでも確かに、彼へのこの想いは恋だった。と、信じている。




信じるどうこうって歌を聞いてたら書きたくなっちゃいましたけどかききれてない
あげくたぶん似たようなこと書いたことあるような気しかしないのだけどこれはこれで
書いたらすみやかに書いたことを忘れていく方なのでなにを書いたか覚えていない

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