uc特設/ 2の八葉(後)(5000字) 忍者ブログ
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※前編・中編から続いてます
※本編3章開始時程度のネタばれがちょっとあります


幸鷹を呼びに行くために、勝真、イサト、泉水、彰紋の四人は翡翠を残し、朱雀門を北上、内裏のごく近くまでやってきた。
「やな予感しかしねー」
「同じく」
なんで幸鷹を。と、問うても翡翠は答えはしなかった。言わないだろうなとは思っていたけど予想通りでも嬉しくない。
「翡翠殿にも、きっとなにか、事情がおありでしたのでしょう」
「そーかもしんないけどさ、見ただろ? あの、企んでますって顔。しかも相手は幸鷹だし」
イサトがめいいっぱい嫌な顔して言ったそれに、勝真も再び大きく頷いた。
翡翠が人をからかうのが好きな性格の歪んだ海賊なのは、周知のこと。その彼の被害をとりわけ受けているのが幸鷹だというのもまた、周知のことだった。
「ですが、いたずらに事を荒げる方ではないのではないのでしょうか」
「素直に協力するやつでもないだろ」
「まーでも、もしかしたら泉水の頼みだから、平気かもってのはあるかもよ?」
「だけど、あいつを連れて来い、だぜ?」
「それはなあ~」
思い思いに、翡翠の企みの事を喋っていた三人に、それまで黙っていた彰紋が凛と割り入った。
「……ここから先は、僕一人で行った方がいいかと思います。みなさんはここで待っていてください」
話してるうちに、内裏はごく目前だった。
「ああ、そうか」
八葉になってからが特異なだけで、内裏は本来、勝真やイサトがほいほい入れるような所ではない。ましてや検非違使庁なんて。反論もなく、勝真とイサトは立ち止まる。笑顔で託した。
「頼んだぜ、彰紋!」
「はい」
けどその横で泉水が、うろたえていると思ったら。
「あのっ、彰紋さまっ!!」
ちょっと大きな声で呼び止めた。
「どうしましたか?」
「その……差し支えなければ、私に行かせていただけませんでしょうか?」
「泉水殿?」
心底不思議そうに、首を傾げた彰紋に、泉水は更にうろたえた。
「あっ違うのです。けして彰紋さまを頼りなく感じているとか、けしてそのようなわけではないのです」
「はい。泉水殿がそのような方でないことは、僕、知っております」
「ありがとうございます、彰紋さま」
言い、一度頭を下げる泉水。それでいくらか落ち着いたのか、今度は少しはっきりと続けた。
「彰紋さまのお気持ち、ありがたく思います。ですがやはり、ここはみなさまに御迷惑をおかけしている私が行くべきだと思ったのです」
「良く言った!!」
「わっっ」
泉水が言い終わると同時に、勝真とイサトが彼の背を思い切り叩いた。
「ここは、泉水殿に任せちまえよ、彰紋」
彰紋もすぐに頷いた。
「出過ぎた真似をしてしまったみたいですね。分かりました、僕はここで、勝真殿たちとお待ちしています」
「はい。行ってまいります」
泉水はさらに力強く頷いた。ぎゅっと胸元で握りしめた拳も今は頼もしかった。



「本当のところ、助かりました」
泉水が建物に消えた後、もう見えぬ彼の背でも思い浮かべているかのように、ぼんやりと彰紋が口にした。
「……ああ、そうか。そうだったな」
「ええ」
失念していた事情に気付き、勝真は腕を組みつつ頷くけど、イサトは素直に、
「……オレにはさっぱりなんだけど」
言うけど、彰紋は彼に向き直ることなく、瞬きだけして続けた。
「検非違使庁は、幸鷹殿がそうであるように、父……院側ですから、僕が立ち入ると……」
「そーいう話か」
把握したイサトは面白くなさそうに、頭の後ろで手を組んだ。
「『あいつ』がせっかく頑張ってるのにな」
「もう少しだろ」
「……んだな」
二人の言葉に、彰紋は静かに空を仰いだ。



泉水は間もなく幸鷹を伴って戻ってきた。急に呼び出されたにも関わらず、彼はいつも通りの穏やか、というか呑気な調子で同行してくれた、
のも、朱雀門に到着するまで。翡翠の顔を一目見るなり、その眉は斜めに跳ね上がった。とはいえ、
「これは、幸鷹殿。わざわざ御足労をかけてしまってすまないね」
声が届く距離まで幸鷹が来るやいなや、翡翠がそんな言葉を、肩に落ちる髪を払いながら言うのだから、無理もないと言わざるを得なかった。
「こんにちは翡翠殿。珍しいですね、あなたが、私に何の用でしょうか」
「相変わらず恐ろしい顔をするね幸鷹殿。それでは美人が台なしだ」
「八葉という立場、役目、なにより神子殿の悲しむ姿は見たくないという一心で、今まで見逃していましたが、やはり捕まえた方が世の為ですね、貴方は」
「おお、ますます恐ろしい」
「翡翠殿!!」
不機嫌全開な幸鷹に対して、底意地の悪い笑みを浮かべっぱなしの翡翠。それでも整った顔が崩れる事ないのは年期の入った海賊だからなのか。すさまじい。
「あの、翡翠殿どうか、どうかあまり事を荒立てすぎませぬよう、お願いいたします」
元凶である泉水がわたわたと、二人の間に入ってなだめようとするも、翡翠はそれさえも面白がっているようにしか勝真には見えなかった。隣のイサトをちらりと見ると、彼も呆れて言葉もでないという顔で、その向こうの彰紋は彰紋で、困惑しきって白虎の二人のやりとりを見ていた。
そんな中、まるで泉水を庇うかのように、幸鷹がずいと前に出た。
「それで、私に何の用でしょう。何もなく呼ぶほど無礼ではないと、私は認識しているのですが」
それでも翡翠はどこ吹く風。
「これはこれは。ずいぶんと高く評価をしていただけたようだ」
「悔しいですが、貴方の有能さはよく知っていますから」
心底悔しそうな幸鷹を目前に、どこまでも歪んだ笑みを浮かべる。
「ふふ、だけど幸鷹殿、残念ながら、私は海賊なのだよ。泉水殿の大切な大切な笛、というのを盾にさせていただいているんだ、せっかくだから、少し遊ばせてもらおうか」
「くっ」
それにはさすがに勝真がキレた。
「てめえいい加減にしろよ。それはさすがに冗談がすぎるだろ」
すると、翡翠は更に愉快に勝真を見た。
「ほう。君が、幸鷹殿を庇うなんてね」
「あんたのやり方が気に食わないだけだ」
逆効果だったか?思えど怒りは止まらない。けど、勝真が返すより先に。
「勝真の言う通りだぜ」
「翡翠殿、ひどいです」
「なにか、ご命令があるのでしたら、私が幸鷹殿の分まで担わせていただきますゆえ、どうか、どうかこれ以上幸鷹殿をお困らせになりませぬよう」
三人から言われて。
「やれやれ、お若い宮様方や、イサト殿にまで言われてしまうと、弱いな」
さすがの翡翠も肩を竦める。
「では」
「……今日のところは諦めて、素直に打ち明けるとしようか」
「いや、明日以降も諦めとけよ、それ」
イサトの突っ込みは冷ややかに聞き流して、翡翠は説明をはじめた。


曰く。
なんてことない。ただ単に、鳥は検非違使庁に笛を持って降り、けれど再び羽ばたいたときには、なにも持っていなかった、つまり、
幸鷹に、その権限をもって、庁内のどこかにある笛を探してきてほしい、というだけのことだった。


人騒がせな、とか、最初から言えよ、とか、言いたいことは山ほどあったが、今だ性質の悪い笑みを消さない翡翠はその場に残し、五人は来た道を戻る。
そして笛を探しに内裏へ入った幸鷹と泉水を三人は再び見送った。
勝真が一条戻り橋で泉水を見つけた頃は、まだ昼過ぎだったが、もはやすっかり夕暮れ時。空に薄く広がる雲を、薄紅や黄、薄紫など色とりどりに染めていた。そこを鳥が一斉に横切ってゆく。三人はそれをなんとなく黙って眺めていた。
急に、ひひんと勝真の馬が嘶いた。なにかと思えば、良く知る姿が、音もなく佇んでいた。
「おまっ……いつからいたんだよ」
「今しがただ」
勝真の声に弾かれたように、横を見た朱雀の二人も、やはり同様に驚いた。
「頼忠殿」
「びっくりさせるな!!」
けれどそれも最初だけ。三人はすぐにそれぞれ楽しそうに、あるいはしたり顔で笑った。
「まあ、そろそろ来る頃だろうとは思ってたけどな」
「ふふっ、これで八葉勢揃いですね」
「どういうことでしょうか?」
当たり前に、一人事情を飲み込めない頼忠は、馬から降りながら問う。でも詳細を語るより先に、面倒がって勝真が聞いた。
「それよりお前、今暇か?」
「頭領からの使いで、今から神子様の元に向かうところだが…」
「じゃあ決まりだな」
「だから何の話だ」
「……確かに、何の話だ?これ」
「改まって聞かれると、なんて言えばいいのか難しいですね」
顔を見合わせる朱雀の二人に、ますます頼忠は困惑した。




笛の音が響く。
「いつ聞いても、泉水殿の笛は美しいです」
と、彰紋は目を閉じうっとりと口にしたけど、正直勝真にはよく分からない。聞いていて不快じゃない、という点では間違いなかったけど。
笛が響く。庭にも届く。
勝真が一人寄り道した後、この紫姫の邸の庭に辿りついた時、彼らはすでにここにいた。泉水に、「せっかくだから今日中に笛を神子に奏上してくればいい」と言っていたのだから、てっきり中にいるかと思っていたのだけど、半日の間、あんなに顔を白黒させながら頑張った泉水への祝福をこめて、ということで、早々に退散してここで聞いていたらしい。
さっきまで空を覆っていた薄雲も随分と晴れて、こちらは勝真にも風情があると思えた。ただ、こうして庭で、静かに笛を聞く分には寒い。と思ってるのは勝真だけか。
「やっぱりいいよな。疲れも吹っ飛ぶ気がするぜ」
イサトまでそんなことを言うものだから、ちょっと勝真は茶々を入れたくなった。
「……なんだイサト、あれくらいで疲れたのか?」
「僕もまだまだ平気です」
「うっせえ、オレは、お前らに会った時、寺で散々水を運びまくった後だったんだよ!」
「そういうことにしといてやるか、な、彰紋」
「はい」
「だからー!」
巻き起こる笑い声。それは笛の音とは随分と対称的だった、
から、というわけじゃないだろうが、声を落として彰紋が話題を変えた。
「そういえば、泰継殿は、何か言われてましたか?」
「『当然だ』」
「…って言ってたのか?」
「当然だ」
「ふふっ、泰継殿らしいですね」

ここに来る前に、勝真は一人、泰継の所に寄っていた。
……検非違使庁で、泉水が笛を見つけ建物から出てきたのは、勝真たちが頼忠と遭遇してからすぐだった。
早かった。検非違使たちが既に、庭に落ちた笛を見つけていたかららしい。
泉水は何度も皆に礼を言った。関係ない頼忠にまで礼を言いまくっていた。そして…どうせ捕まらない翡翠はともかく、泰継にも礼を言いたいと言った。
けど、今にも日が暮れそうな時刻、しかも、神子の元に行くことも決まっていたから、かわりに勝真が一人で報告しに行ったのだった。


「ですが、約束もしてないのに、こんな風に八葉の皆さんとお会いできるとは、思ってもみませんでした」
彰紋がまた、話題を変えた。
「それは言えるな」
「彰紋様、私は何もしておりませぬが故数に含んでいただくわけには、」
ただ、頼忠はそうやんわりと否定したけど、
「僕たちの護衛をしてくださいました」
「お前がいなきゃ、俺も泰継のとこにいけなかったな」
「彰紋様、お心遣い感謝いたします」
すぐに笑顔を向けた。珍しいものを見た。
「おいおい、俺に礼はないのかよ」
「ない」
「それより勝真、護衛ならオレがいたじゃねーか。そっちはどうなってるんだよ」
今度は隣でイサトが突っかかってくる。
「何言ってんだよ、お前ヘトヘトだっただろ?」
「だーかーら、水汲みのせいだ、水汲みの!!」
「どっちでも一緒だろ」
「いいや、違う!」
でも。
「声が大きいぞ勝真。笛を聞け」
予想外に、頼忠に窘められた。それに二人揃って驚き、結果、言い争いは止まった。
「……あんた、笛とか好きだったのか?」
「違う。他に楽しんでいらっしゃる方に迷惑だろう」
「他に、ですか? ……あっ!」
頼忠の視線の先から、がさりと庭木の音。はらりと見えた衣の丈は大きくない。
「深苑殿?」
「おそらくは」
少し前に、ここを飛び出してしまった深苑。その彼がここに、どうして。
忘れ物でもあるのか、あるいは。
「ったく、何こそこそと、隠れて来るんだあいつは」
勝真は舌を打つ。彰紋などは顔を曇らせるけれど、
再び静かになった庭に、笛は響く。泰継が言うには清浄な気がこめられて。
「……あいつのことだ、その辺で聞いてそうだな」
間違っても聞こえないように呟くと、彰紋もイサトも笑った。
大きく風が吹いた。いよいよ本格的に肌寒くなってきて、勝真は身を震わせる。
そろそろ帰るか、と、足に力を入れたところで、
だけど頼忠が言った。
「よかったな」
珍しく、明朗な声だった。
「なにが?」
「お前が声をかけてくれたお陰だ、と泉水様が仰られておられたぞ」
それに、立ち尽くす。……ああ。そういえば、そうだった。最初に泉水を見かけたのは、偶然だけど自分だった。
「京職のお仕事のおかげ、ですね、勝真殿」
「ま、そーだけどさ」
それに言葉を詰まらせる。こんなこともあればと続けていたこととはいえ、改めて言われると、なんていうか……、
「あっ照れてるぜこいつ」
「照れて悪いか!」
「いたたた痛えよそこ水運んで痛えからやっまじ!」
イサトの悲鳴を余所に、笛の音に乗って三人の笑い声も響いた。
「いい日でした」
「それは、よろしゅうございました」






うろ覚えという名のはったりと願望で最後まで書いてしまいました。本編との違いは読みながら素敵に補っていただければ幸いです。
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