uc特設/ ヒノエと弁慶と譲(ヒノ譲未満)(3500字) 忍者ブログ
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ちっ、またあいつがいるのかよ。と、ヒノエは小さく舌打ちせずにはいられなかった。
これで一体何度目だ。いや……ヒノエがここ数日、影からこっそり観察してる麗しい姫君が、宇治川に舞い降りた『源氏の神子』なのだから当然といえば当然だけど、
だからってあの叔父にこうも頻繁に会うのは面倒すぎる。
しばらく会っていないけどあの性格の悪さは忘れようがない。なによりこっちの顔が割れているし、腹立たしいほど勘がいい。それが厄介だった。
だからつい、普段こうして『偵察』するときよりも顔を引っ込めてしまう。怖がってるみたいでしゃくだけど、実際そうだから仕方ない。
……とはいえヒノエも、やましいことをしてるわけじゃない。噂の神子姫と源氏の御曹司を京の街まで探りにきてるだけだ。だから、彼にバレても本当の意味で困りはしないだろう。
単純に、借りを作るのが嫌なだけだった。

というわけで、断じて見つかるまいと、ヒノエは息を殺してこっそりと、建物の影から神子の姿を観察した。
可憐な姫君だ。さらりとなびく長い髪が綺麗で印象的。彼女に封じられるなら怨霊も本望だろう。これで剣まで振り回すっていうんだからたいしたものだ。その様を、一回間近で見てみたい。ついでに花見に誘いたい。
その姫君は、黒い叔父と楽しそうに喋っている。またあの一見優しい物腰に騙されてるんだろうなあ、と、思えばなんだか悔しいような気もした。

二人が道端で談笑を続けていると、そのうち、高く髪を結った男が彼らに近づいてきた。
源氏の御曹司殿だ。ヒノエは話したことはない、が、京での評判はすこぶるいい。その彼が、難しい顔をして二人になにかを話しはじめた。
……重要な話か?ヒノエは身を乗り出す。でも聞こえない。ここじゃダメだ。
と、ヒノエはあたりを見回す。少し前に大木がある。ここを飛び出しても、今なら叔父からも死角になる、だったら。
ヒノエは今まで潜んでいた影から足を踏み出そうと、
した、そのとき。
「おい」
後ろから声をかけられた。
ヒノエはとっさに振り返ってそこにいた男…ヒノエより背の高い男の口を手で塞ぎ足を払い押し倒した。がさっ、と、結構派手な音がした。まずい。
「なんだ?」
遠くから御曹司の声がする。ヒノエの下で男がいっそう、まるで彼らに知らせるようにもごもごと言う……知り合いなのか?
けど、いくらヒノエでも推測する余裕はない。
「九郎さんどうかしましたか?」
「いや、そこの影からなにか音が聞こえたような気がしたが…」
「……気になりますね」
風向きが悪い。会話を探りつつ、ヒノエはかすかに焦る。どうしようか、と思ったとき、ちょうど猫が向こうから歩いて来るのが見えた。これだ!
「にゃーん」
猫を見つめながら声真似すると、幸運にも猫は寄ってきて、ヒノエの横を通り過ぎ、三人の方に出ていった。賢い子だ。
「あ、猫!」
「……猫に驚いた鳥が、飛んでいったのかもしれないですね」
「そうか。そうかもな」
そしておかげで騙せた。なんとか助かった…のか?
なおも息を潜めていると、ツイてることに叔父が言った。
「九郎、先程の話ですが、景時にも打診しなければならないでしょうから、帰って話しましょう」
それに二人も頷いて。
「そうですね!きっと朔と譲くんが、お昼作って待ってますよ」
「……確かに、景時の協力は必要だな。よし、帰ろう」
「九郎さんもお腹減ったんですね」
「なっなな!何を言うんだお前は!」
間抜けな会話をかわしながら行ってしまった。

ほっと胸を撫で下ろし、改めてヒノエは組み敷いた男を見た。
かなり若い男だった。顔つきも、ものすごい形相でヒノエを睨んでいる様も。
そして不思議な奴だった。
「あんた、あいつらの仲間?」
風貌もどこか、街から浮いている。見慣れない服、だが生地はいい。顔つきも育ちのよさが伺える。
けどなにより気になったのは、
ヒノエより体格がいいんだからその気になれば逃げることも反撃だってできたろうに、こんな風に今もまだ、口を塞いだ手を噛むことさえせず、ただ睨むことしかしていないところだった。

叔父たちが去って十分たってから、ヒノエは彼の上から体をどかし、口から手も離した。
すると今まで大人しくしてた相手が、今度はヒノエの腕を掴み軽くひねる。
「お前こそ、何こそこそ探ってるんだ」
やっぱりあいつらの仲間だったのか。さて、どうしようかとヒノエは悩む。普段ならまず逃げ出すとこだ、
けど、今日はいくらか彼に興味が沸いた。
「さあね。源氏の御曹司と軍師と、最近噂の神子様が並んで歩いてるんだ、注目されないほうがおかしいってもんだろ」
「……先輩のことまで知ってるのか?」
「あんな可愛い姫君を知らないほうが間抜けだね」
先輩。神子を指して彼はそう呼んだ。
神子の正体は不明だ。ここではない所から来る、と、言い伝えではなっている。あまり信じてなかったけど、でも、この目の前の、異国めいた雰囲気のこいつも神子の眷属か?と思えば…いくらか信憑性はある。
「安心しな、オレに姫君を傷つけるシュミはないよ、譲」
「なんで、俺の名前まで」
お、正解、と、ヒノエは口笛を吹いた。さっき神子の言ってた、あまり聞かない響きの名前を言ってみただけなんだけど。素直に反応してくれた彼ににやりと笑う。
「有名なんだよ、お前もね」
「なっっ、……そんなわけないだろうごまかすな」
からかえば睨みつつも動揺が見えた。ほんと素直で可愛い奴だ。譲、譲ね、と、転がすように口の中で数回名を呼んだ。呼びやすい響き。目を細めてヒノエは見つめた、
けど、当然譲はヒノエを敵視してる訳で。
「……お前がどこの手のものかわかるまで、帰さないぞ」
精一杯に言う姿は、ますますヒノエの興をひいた。
傷つける勇気はないくせに、でもその言葉は本気だと目が言っている。甘いやつ。
「随分張り切ってるね。そんなに九郎義経に恩義を感じてるのかい?」
「……」
「ってわけじゃないみたいだね。ああ、お前は神子姫様の忠犬か」
挑発にも、譲は分かりやすく激昂した。
「お前こそなんなんだよ。平家か?それとも源氏の差し金なのか?」
「……へえ」
だけどその一言に、ヒノエはいよいよ感嘆して目を丸くした。
驚いた。源氏の中にいるくせに、源氏の頭領を疑うか。しかも、敬意すら払わない。
「面白いね、お前」
気に入った。ますます気に入った。だけどヒノエが笑むほど譲は憤る。
「質問に答えろ」
そんな様もヒノエ好みだ。これはとんだ拾いもの。幸運にヒノエは笑顔を零さずにはいられない。
「オレも答えてやりたいんだけどね。こういうのは最初くらい秘密があったほうが盛り上がるだろ?」
「何が」
「何って」
そんなの決まってる、と、耳元で囁きながら、軽くそれを噛んだ。
「!!!」
途端、譲はヒノエを突き飛ばした。でも転ぶ前にひょいっと地面を蹴りとばり、着地する。
「ははっ、期待通りで嬉しいよ」
飄々たる相手に譲はますます翻弄される。頭に血が昇ってく。
「なっ…お前は一体なんなんだよ!」
「だから言えないって言ってるじゃん」
譲もすぐに起き上がってヒノエにつかみかかる、けど、捕まってやらない。
「先輩に何をするつもりだ!」
「センパイより、自分を心配しなよ」
「なんで俺が」
「もう一回やらないとわかんない?」
「!」
ひょいひょい逃げるヒノエを追いかけていた譲も、その言葉で青ざめて止まった。
本当に可愛いやつだ。浚っていきたい気持ちにかられる。でも、無理強いはシュミじゃない。
そして名残惜しいけど、そろそろ時間切れだった。
最後に改めてヒノエは笑う。
「怖がらせて悪かったな。安心しな、オレは当分現れないよ」
「だから、誰なんだよ……」「名前なんて些細なものさ。それに、また会いに来るよ。その時までオレを忘れないでおいてよ」
「……自分勝手な奴だな」
「良く言われる」
言いながら、ヒノエは飛び出し、大木の枝を器用に掴んで一瞬で登った。そのまま、道の向こうの垣根の中に飛び降りる。
少しだけ移動して、息を殺して彼をみた。譲はしばらくヒノエの消えた辺りを呆然と見ていた。けど、しばらくの後、何も言わずに、そこを離れていった。

譲は最後まで笑わなかった。仕方ないか。残念だけど、次の楽しみができたと思っとくことにして、。
ヒノエは再び駆け出し、京の街へ溶けていった。
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