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※前編から続いてます
※後編に続きます
それにしたって、一体翡翠はどこにいるのか。
「勝真、お前知らないの? 最初から一緒に八葉してたじゃん」
「そうだけど」
地の八葉だかなんだかと言ったって、普段は一緒にいないし込み入ったことに興味もないから、勝真には見当もつかなかった。
「……神子なら存じてらっしゃるのでしょうか」
「まあ、オレたちよりは可能性高そうだけどさ」
「……ですが、神子の御心を痛めるわけには」
「それもそうなんだよな~」
どうしたもんかな、と話ながらも、なんとなく歩いていた一行は、なんとなく神泉苑にまでやってきた。
そこでまた、見知った姿を見た、というか。
「泉水殿! それに勝真殿にイサトまで。こんなところで皆さんに出会うなんて、奇遇ですね」
話しかけるより先に、彼は振り返り、少し驚きながらもにこやかに微笑んだ。
「彰紋!」
「お久しぶりです、彰紋さま」
「ったく、今日はよく顔見知りに会うな」
口々に喋りながら、近づく三人を、彰紋は更に驚きながら見つめる。
「もしかして、皆さんも偶然一緒になられたんですか?」
「そーいうこと」
そんな彼の隣までやってきて、一休み、と言わんばかりに伸びをしてからイサトが聞いた。
「ところで彰紋、翡翠どこにいるか知らね?」
「翡翠殿ですか?」
「はい……実は、先程のことなのでございますが…」
続けて泉水が静かに語りだした。彼の話……というより、途中からイサトと勝真が大体喋っていたけど、それに彰紋は最初こそ口元に手をあて素直に驚いていたけど、次第に真剣な目になっていった。
「鳥が泉水殿の笛を持ち去って、それを翡翠殿が知ってらっしゃる、と。なんだか、不思議な縁ですね」
「だよな。まさか知ってるヤツの名前が出てくるとは思わなかったぜ」
「ですが、肝心の翡翠殿の行方が分からない」
「そ。そこが問題」
「彰紋様、なにかご存知ではございませんでしょうか」
所在無く手を胸の前で組む泉水は、いよいよ不安そうだ。
けれど、そんな彼に意外にも彰紋はあっさりと。
「そうですね、翡翠殿はああいう方ですから、僕も確かな事は言えません。でも、翡翠殿がお好きな場所でしたら知ってます」
言い切った。
「本当か!」
「ええ」
「やっぱり彰紋は頼りになるな!」
「はい」
三人はひとしきり喜んだ。特に泉水は目を潤ませるほどだった。勝真の馬まで嘶いて、彰紋もますます顔を綻ばせる。
そんな彼に勝真が改めて問うた。
「で、それはどこなんだ?俺たちが行ってもいい場所なのか?」
「はい、もちろん」
彰紋は頷く。それは彼らにも馴染みの場所で。
「朱雀門ですから」
「あー」
馴染みの場所すぎた。
たしかにあの場所で、何度か翡翠に会ったことがある。
しみじみ納得した一行は、仲良く朱雀門までやってきた。
相変わらず賑やかだ。人でごった返している。いささか勝真は緊張した。引きっぱなしの手綱を持つ手も強張る。
まず、仮に翡翠がここにいるとしても、この中から探すのは至難の技だし、なにより。
と、危惧した矢先に。
「翡翠殿、いらっしゃるでしょうか……」
きょろきょろとあたりを見回しながら歩く泉水のすぐ横で、
「うわあ!」
「えっ?」
背丈よりはるか上まで荷を背負った物売りが、紐が緩んだのか、いきなりそれをぶちまけた。
「危ない!」
「泉水!?」
「泉水殿!!」
けれど間一髪、それが泉水を襲う前に思いっ切り勝真が彼の腕を引っ張った。
「……えっ?えっっ?」
「ギリギリか」
本当に紙一重だった。荷の薪は泉水の足元すぐに落っこちて、すごい音を立てた。最初は何が起こったのか理解できずにぽかんとしていた泉水も、その音に状況を把握したのだろう、身を引き勝真の腕を掴み返した。
そんな泉水を、だけど物売りは睨み叫んだ。
「あんたどこ見て……!?」
けれど、すぐに、泉水が貴族だと気付いたのか、
「すっ、すみません!!」
「あの、一体何が」
荷もそのままに、一目散に逃げていった。
「なんだよ、あいつ」
残った薪を軽く蹴飛ばしながらイサトが苛立ちを隠さずに言う。そのまま、
「おいおい見世物じゃねーよ!」
周囲の群衆を睨むと、彼らもまた、元通りに歩きはじめた。
そんなやりとりを見て、息を吐いた勝真に、おずおずと泉水が頭をさげた。
「ご迷惑をおかけしてしまいました勝真殿」
「いや、無事で、気をつけてくれればそれでいい、彰紋も」
「はい」
泉水も、それに彰紋も、すまなさそうにこくりと頷くけど、元々あちこちに出歩きすぎな二人だ、分かってるのかいないのか。
そんな、身分を振りかざさないところは好きだったけど、こんな人の多いところでは何があるか分からない。襲われてからでは遅すぎる。あまりにも心配だ。
「……『あいつ』と三人で歩いてるとき、どうしてるんだこいつら」
「そんときは、張り切るに決まってるじゃん。あいつを守るためのオレたちなんだからな! な、彰紋」
「はい。もちろんです」
朱雀の加護を受ける二人が言い交わすのを見、勝真はなんだか更に気苦労を感じた。
けど、今まで平気だったんだから、杞憂か。と、
「ところで翡翠殿、見当たりませんね」
「そうだな」
本題に戻った彰紋に同意した。
「これだけ人がいてもあいつなら目立つから、見つかりそうなもんだけどな」
「なら、歩ってみようぜ」
「そういたしましょう」
というわけで、勝真は愛馬の手綱を握りなおそうとした。
けど。
「……ん?」
「勝真殿、どうかしましたか?」
「いや、」
振り返る。絶句した。
さっきまで確かに連れていた愛馬がいなくなっていた。
「…………やられた!!」
いつの間に。いや、泉水を引っ張った時だそれは分かってるけど全然気付かなかった。
「おい勝真!」
イサトの制止も聞かずに勝真は人を押しのけながら周囲を見回す。でも分からない。馬を連れた奴なんてそこら中にいる。更に進めど同じだった。見つからない。
「くそっ」
息が切れるまで走ったけど、無駄だった。拳を振り下ろしながら叫んだ。
なんて話だ。泉水に偉そうに言っといて自分がこれか。
「情けねえ。ったく、何が京職だよ」
「全くだね」
かけられた言葉に、更にうなだれた。
「返す言葉もないな」
「あの馬、大切にしていたのだろう?かわいそうに」
「…………ああ」
「仕方ないね。これに懲りたら海賊の前で油断なんか、してはいけないよ」
「……分かってたつもりだったんだけどな」
にしたって、馬を奪われたことも、間抜けだった自分も、なにもかもが勝真を打ちのめす。よりにもよって海賊なんかに掠め取られるなんて。
…………ん?
勝真は顔を勢いよく頭を跳ね上げた。
「おまっ……!!」
「やっと気付いたのかな?」
そこにはしたり顔の翡翠が、勝真の馬を従えて立っていた。
「いつからそこに!?」
「君達が朱雀門に着た頃には、つけさせてもらっていたよ。目立つからね、すぐに気がついた」
「しかもなんで俺の馬を」
「それはさっき言っただろう? 隙などみせられたら、海賊としたら浚いたくなってしまうだけさ」
「……」
つまり、遊ばれたのか。こっちがどれだけ慌てたかなど露知らず…じゃないな、ここまで見越して面白がってる翡翠に勝真の怒りは更にふつふつと上がってゆく、
けど、それに翡翠は更に笑む。
「おや、自分の不手際で盗まれたというのに、私に八つ当たりするかい?」
「盗む奴が悪いだろうがどう考えたって」
手綱をぶんどったら、翡翠はまたも笑った。腹立たしい奴だ。これに関しては幸鷹と意見が一致してもやむを得ないと思った。
少しでも離れたくて馬を引き寄せる。彼はいつも通りで大人しく勝真に身を寄せる。
「勝真!」
そこに、イサトたちが駆け寄ってきた。
「どうしたんだよいきなり…って、あ、翡翠じゃん!」
「やあイサト殿。そんなに驚いて貰えるとは。私は君にはまだなにもしてないはずだけどね」
「? なんの話だ勝真」
「こいつの話はまともに聞くな」
「は?」
「勝真殿は、私にからかわれたことが悔しくてそう言っているんだよ」
「だから、盗むあんたが悪い」
「はあ??」
イサトは無視して勝真は改めて、翡翠を睨むも、
「ま、なんでもいっか。それより勝真、翡翠捕まえるなんてやるじゃん!」
と、イサトが無邪気に喜ぶものだから、勝真としたら気に食わない。
「俺が見つけたんじゃなくて、こいつが!」
「勝真殿!」
「どうされたんですか…あっ、翡翠殿も」
「泉水殿に、彰紋様。どうされましたか、そんなに急がずとも私は逃げませんよ」
でも、泉水たちまでやってきてしまえば、苦々しくも、話を進めるしかなさそうだ。勝真は仕方なく黙った。
「へへっ、オレたちはあんたを探してたんだよ」
「私を?」
「はい。実は、その、全ては私のせいなのです」
ここで、ようやくかすかに目を見開き、驚いた風を見せた翡翠に、泉水が今までのいきさつを説明した。
すると更に翡翠の目は丸くなり、口元に笑みがはっきりと浮かんでいた。
「鷹が笛を、ね。にわかに信じがたいけれど」
「存じませんでしょうか」
「騙されるな泉水殿、知っている、って、こいつの顔に書いてあるだろ」
「おやおや、勝真殿にもすっかり嫌われてしまったね」
「ふん」
言葉と裏腹に変わらぬ笑顔で言われても説得力がないってもんだ。
「何そんなに怒ってるんだよ」
イサトが言うも構わずに、勝真は腕を組んでそっぽを向き黙った。
それに、彰紋も困惑を浮かべていたが、やがて翡翠に向き直り話を進めた。
「そう言う話なのですが翡翠殿、何か知りませんか?」
じっと見つめる彰紋と、隣でまさに縋るような面持ちの泉水。
翡翠は、さらりと髪を揺らしながら宮様二人に向き直り、
「そうだね。泰継殿はさすがというべきだな。知っていますよ、泉水殿、彰紋殿」
と、至極あっさりと返答した。
「知って…ええっ!」
「確かですか」
「正午の少し前、だったかな。随分と綺麗な色の枝を持った鳥が飛んでいてね、気になったんだ。まさか泉水殿の笛とは、夢にも思わなかったけれどね」
翡翠の言葉はさらさらと続く。これは間違いない。
「やったな泉水!」
「はい、イサト殿」
……泉水への目にも悪い感情は含まれてないように、見える。
「もしかして、私を疑っていたのかな」
探る勝真に、翡翠は目を細めて問うた。バレバレか。
「まあな」
「実はオレも」
「お二人とも…」
「ははははは。正直だね君たちは。これも、私の日ごろの行いというものかな」
「……なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「大人というのはそういうものさ」
「うわっ」
気分や機嫌を害すかと思ってたけど、それどころか翡翠は唐突に、身を乗り出しイサトの頭を撫でた。意味が分からなかったが、考えるだけ馬鹿馬鹿しい気がした勝真は、腕を組んだまま、嫌がるイサトをただ眺めるに留めた、溜息付きだけど。
けれど、そんな意味の分からぬやり取りにも負けず、控え目ながらもしっかりと、
「あっ、あの」
泉水が割り込んだ。
「それで、あの、その鳥はどこへ飛んでいったのでしょう?」
まっすぐに翡翠を見て泉水は言った。真剣な声に、自然に残りの三人も、似たような緊張と共に、翡翠を見る。
翡翠は、そんな四人をくるりと見回した。彼にしては優しい目で。
と、思ったのもつかの間。
「教えて差し上げてもよろしいが、条件がある」
告げた時にはすっかりと、その長身からこちらを見下ろすような、高圧的で、傲慢な様に変貌していた。
「なんだよ、それ!」
「情報、というのは安くはないのだよ、イサト殿」
「だからって、今言うかよ」
「では、なかったことにさせてもらうがよろしいか?」
反発にもするも、翡翠は揺るがない。仕方なく黙ると、翡翠は軽やかな、海行く風のような口調で提示した。
「何、難しいことではないよ……幸鷹殿を、私に差し出してもらおうか」
「幸鷹殿を、ですか?」
「ああ、そうだよ」
その意図は不明だったけれど、翡翠のその、残忍とさえ言えそうな、美貌に光る目を見れば。
嫌な予感しかしなかった。
※後編に続きます
それにしたって、一体翡翠はどこにいるのか。
「勝真、お前知らないの? 最初から一緒に八葉してたじゃん」
「そうだけど」
地の八葉だかなんだかと言ったって、普段は一緒にいないし込み入ったことに興味もないから、勝真には見当もつかなかった。
「……神子なら存じてらっしゃるのでしょうか」
「まあ、オレたちよりは可能性高そうだけどさ」
「……ですが、神子の御心を痛めるわけには」
「それもそうなんだよな~」
どうしたもんかな、と話ながらも、なんとなく歩いていた一行は、なんとなく神泉苑にまでやってきた。
そこでまた、見知った姿を見た、というか。
「泉水殿! それに勝真殿にイサトまで。こんなところで皆さんに出会うなんて、奇遇ですね」
話しかけるより先に、彼は振り返り、少し驚きながらもにこやかに微笑んだ。
「彰紋!」
「お久しぶりです、彰紋さま」
「ったく、今日はよく顔見知りに会うな」
口々に喋りながら、近づく三人を、彰紋は更に驚きながら見つめる。
「もしかして、皆さんも偶然一緒になられたんですか?」
「そーいうこと」
そんな彼の隣までやってきて、一休み、と言わんばかりに伸びをしてからイサトが聞いた。
「ところで彰紋、翡翠どこにいるか知らね?」
「翡翠殿ですか?」
「はい……実は、先程のことなのでございますが…」
続けて泉水が静かに語りだした。彼の話……というより、途中からイサトと勝真が大体喋っていたけど、それに彰紋は最初こそ口元に手をあて素直に驚いていたけど、次第に真剣な目になっていった。
「鳥が泉水殿の笛を持ち去って、それを翡翠殿が知ってらっしゃる、と。なんだか、不思議な縁ですね」
「だよな。まさか知ってるヤツの名前が出てくるとは思わなかったぜ」
「ですが、肝心の翡翠殿の行方が分からない」
「そ。そこが問題」
「彰紋様、なにかご存知ではございませんでしょうか」
所在無く手を胸の前で組む泉水は、いよいよ不安そうだ。
けれど、そんな彼に意外にも彰紋はあっさりと。
「そうですね、翡翠殿はああいう方ですから、僕も確かな事は言えません。でも、翡翠殿がお好きな場所でしたら知ってます」
言い切った。
「本当か!」
「ええ」
「やっぱり彰紋は頼りになるな!」
「はい」
三人はひとしきり喜んだ。特に泉水は目を潤ませるほどだった。勝真の馬まで嘶いて、彰紋もますます顔を綻ばせる。
そんな彼に勝真が改めて問うた。
「で、それはどこなんだ?俺たちが行ってもいい場所なのか?」
「はい、もちろん」
彰紋は頷く。それは彼らにも馴染みの場所で。
「朱雀門ですから」
「あー」
馴染みの場所すぎた。
たしかにあの場所で、何度か翡翠に会ったことがある。
しみじみ納得した一行は、仲良く朱雀門までやってきた。
相変わらず賑やかだ。人でごった返している。いささか勝真は緊張した。引きっぱなしの手綱を持つ手も強張る。
まず、仮に翡翠がここにいるとしても、この中から探すのは至難の技だし、なにより。
と、危惧した矢先に。
「翡翠殿、いらっしゃるでしょうか……」
きょろきょろとあたりを見回しながら歩く泉水のすぐ横で、
「うわあ!」
「えっ?」
背丈よりはるか上まで荷を背負った物売りが、紐が緩んだのか、いきなりそれをぶちまけた。
「危ない!」
「泉水!?」
「泉水殿!!」
けれど間一髪、それが泉水を襲う前に思いっ切り勝真が彼の腕を引っ張った。
「……えっ?えっっ?」
「ギリギリか」
本当に紙一重だった。荷の薪は泉水の足元すぐに落っこちて、すごい音を立てた。最初は何が起こったのか理解できずにぽかんとしていた泉水も、その音に状況を把握したのだろう、身を引き勝真の腕を掴み返した。
そんな泉水を、だけど物売りは睨み叫んだ。
「あんたどこ見て……!?」
けれど、すぐに、泉水が貴族だと気付いたのか、
「すっ、すみません!!」
「あの、一体何が」
荷もそのままに、一目散に逃げていった。
「なんだよ、あいつ」
残った薪を軽く蹴飛ばしながらイサトが苛立ちを隠さずに言う。そのまま、
「おいおい見世物じゃねーよ!」
周囲の群衆を睨むと、彼らもまた、元通りに歩きはじめた。
そんなやりとりを見て、息を吐いた勝真に、おずおずと泉水が頭をさげた。
「ご迷惑をおかけしてしまいました勝真殿」
「いや、無事で、気をつけてくれればそれでいい、彰紋も」
「はい」
泉水も、それに彰紋も、すまなさそうにこくりと頷くけど、元々あちこちに出歩きすぎな二人だ、分かってるのかいないのか。
そんな、身分を振りかざさないところは好きだったけど、こんな人の多いところでは何があるか分からない。襲われてからでは遅すぎる。あまりにも心配だ。
「……『あいつ』と三人で歩いてるとき、どうしてるんだこいつら」
「そんときは、張り切るに決まってるじゃん。あいつを守るためのオレたちなんだからな! な、彰紋」
「はい。もちろんです」
朱雀の加護を受ける二人が言い交わすのを見、勝真はなんだか更に気苦労を感じた。
けど、今まで平気だったんだから、杞憂か。と、
「ところで翡翠殿、見当たりませんね」
「そうだな」
本題に戻った彰紋に同意した。
「これだけ人がいてもあいつなら目立つから、見つかりそうなもんだけどな」
「なら、歩ってみようぜ」
「そういたしましょう」
というわけで、勝真は愛馬の手綱を握りなおそうとした。
けど。
「……ん?」
「勝真殿、どうかしましたか?」
「いや、」
振り返る。絶句した。
さっきまで確かに連れていた愛馬がいなくなっていた。
「…………やられた!!」
いつの間に。いや、泉水を引っ張った時だそれは分かってるけど全然気付かなかった。
「おい勝真!」
イサトの制止も聞かずに勝真は人を押しのけながら周囲を見回す。でも分からない。馬を連れた奴なんてそこら中にいる。更に進めど同じだった。見つからない。
「くそっ」
息が切れるまで走ったけど、無駄だった。拳を振り下ろしながら叫んだ。
なんて話だ。泉水に偉そうに言っといて自分がこれか。
「情けねえ。ったく、何が京職だよ」
「全くだね」
かけられた言葉に、更にうなだれた。
「返す言葉もないな」
「あの馬、大切にしていたのだろう?かわいそうに」
「…………ああ」
「仕方ないね。これに懲りたら海賊の前で油断なんか、してはいけないよ」
「……分かってたつもりだったんだけどな」
にしたって、馬を奪われたことも、間抜けだった自分も、なにもかもが勝真を打ちのめす。よりにもよって海賊なんかに掠め取られるなんて。
…………ん?
勝真は顔を勢いよく頭を跳ね上げた。
「おまっ……!!」
「やっと気付いたのかな?」
そこにはしたり顔の翡翠が、勝真の馬を従えて立っていた。
「いつからそこに!?」
「君達が朱雀門に着た頃には、つけさせてもらっていたよ。目立つからね、すぐに気がついた」
「しかもなんで俺の馬を」
「それはさっき言っただろう? 隙などみせられたら、海賊としたら浚いたくなってしまうだけさ」
「……」
つまり、遊ばれたのか。こっちがどれだけ慌てたかなど露知らず…じゃないな、ここまで見越して面白がってる翡翠に勝真の怒りは更にふつふつと上がってゆく、
けど、それに翡翠は更に笑む。
「おや、自分の不手際で盗まれたというのに、私に八つ当たりするかい?」
「盗む奴が悪いだろうがどう考えたって」
手綱をぶんどったら、翡翠はまたも笑った。腹立たしい奴だ。これに関しては幸鷹と意見が一致してもやむを得ないと思った。
少しでも離れたくて馬を引き寄せる。彼はいつも通りで大人しく勝真に身を寄せる。
「勝真!」
そこに、イサトたちが駆け寄ってきた。
「どうしたんだよいきなり…って、あ、翡翠じゃん!」
「やあイサト殿。そんなに驚いて貰えるとは。私は君にはまだなにもしてないはずだけどね」
「? なんの話だ勝真」
「こいつの話はまともに聞くな」
「は?」
「勝真殿は、私にからかわれたことが悔しくてそう言っているんだよ」
「だから、盗むあんたが悪い」
「はあ??」
イサトは無視して勝真は改めて、翡翠を睨むも、
「ま、なんでもいっか。それより勝真、翡翠捕まえるなんてやるじゃん!」
と、イサトが無邪気に喜ぶものだから、勝真としたら気に食わない。
「俺が見つけたんじゃなくて、こいつが!」
「勝真殿!」
「どうされたんですか…あっ、翡翠殿も」
「泉水殿に、彰紋様。どうされましたか、そんなに急がずとも私は逃げませんよ」
でも、泉水たちまでやってきてしまえば、苦々しくも、話を進めるしかなさそうだ。勝真は仕方なく黙った。
「へへっ、オレたちはあんたを探してたんだよ」
「私を?」
「はい。実は、その、全ては私のせいなのです」
ここで、ようやくかすかに目を見開き、驚いた風を見せた翡翠に、泉水が今までのいきさつを説明した。
すると更に翡翠の目は丸くなり、口元に笑みがはっきりと浮かんでいた。
「鷹が笛を、ね。にわかに信じがたいけれど」
「存じませんでしょうか」
「騙されるな泉水殿、知っている、って、こいつの顔に書いてあるだろ」
「おやおや、勝真殿にもすっかり嫌われてしまったね」
「ふん」
言葉と裏腹に変わらぬ笑顔で言われても説得力がないってもんだ。
「何そんなに怒ってるんだよ」
イサトが言うも構わずに、勝真は腕を組んでそっぽを向き黙った。
それに、彰紋も困惑を浮かべていたが、やがて翡翠に向き直り話を進めた。
「そう言う話なのですが翡翠殿、何か知りませんか?」
じっと見つめる彰紋と、隣でまさに縋るような面持ちの泉水。
翡翠は、さらりと髪を揺らしながら宮様二人に向き直り、
「そうだね。泰継殿はさすがというべきだな。知っていますよ、泉水殿、彰紋殿」
と、至極あっさりと返答した。
「知って…ええっ!」
「確かですか」
「正午の少し前、だったかな。随分と綺麗な色の枝を持った鳥が飛んでいてね、気になったんだ。まさか泉水殿の笛とは、夢にも思わなかったけれどね」
翡翠の言葉はさらさらと続く。これは間違いない。
「やったな泉水!」
「はい、イサト殿」
……泉水への目にも悪い感情は含まれてないように、見える。
「もしかして、私を疑っていたのかな」
探る勝真に、翡翠は目を細めて問うた。バレバレか。
「まあな」
「実はオレも」
「お二人とも…」
「ははははは。正直だね君たちは。これも、私の日ごろの行いというものかな」
「……なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「大人というのはそういうものさ」
「うわっ」
気分や機嫌を害すかと思ってたけど、それどころか翡翠は唐突に、身を乗り出しイサトの頭を撫でた。意味が分からなかったが、考えるだけ馬鹿馬鹿しい気がした勝真は、腕を組んだまま、嫌がるイサトをただ眺めるに留めた、溜息付きだけど。
けれど、そんな意味の分からぬやり取りにも負けず、控え目ながらもしっかりと、
「あっ、あの」
泉水が割り込んだ。
「それで、あの、その鳥はどこへ飛んでいったのでしょう?」
まっすぐに翡翠を見て泉水は言った。真剣な声に、自然に残りの三人も、似たような緊張と共に、翡翠を見る。
翡翠は、そんな四人をくるりと見回した。彼にしては優しい目で。
と、思ったのもつかの間。
「教えて差し上げてもよろしいが、条件がある」
告げた時にはすっかりと、その長身からこちらを見下ろすような、高圧的で、傲慢な様に変貌していた。
「なんだよ、それ!」
「情報、というのは安くはないのだよ、イサト殿」
「だからって、今言うかよ」
「では、なかったことにさせてもらうがよろしいか?」
反発にもするも、翡翠は揺るがない。仕方なく黙ると、翡翠は軽やかな、海行く風のような口調で提示した。
「何、難しいことではないよ……幸鷹殿を、私に差し出してもらおうか」
「幸鷹殿を、ですか?」
「ああ、そうだよ」
その意図は不明だったけれど、翡翠のその、残忍とさえ言えそうな、美貌に光る目を見れば。
嫌な予感しかしなかった。
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