uc特設/ 九郎と弁慶(九弁未満)(3500字) 忍者ブログ
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寒い日だった。春遅い平泉とはいえ、もう花もだいぶつぼみを膨らませているし、民は田畑を耕しはじめている時期だけど、寒い朝だった。
思わず布団に再び潜りたくなったけど、どうにも朝日を浴びてしまうと、起き上ってしまうのがすっかりしみついた九郎の性だ。
むくり、と起き上り、大きく伸びをして、深呼吸。寒い分だけ、胸に入る空気が冷ややかで心地よかった。

弁慶が京にちょこちょこと出かけている間だけ、九郎の日課は少し増える。
朝、起きて軽く身支度をして整えたすぐ後に、鍛錬よりも朝餉よりも先に、廊下を少しだけ歩いて、とある部屋の戸という戸を開くのだ。
それは普通ならなんでもない、すぐに終わる作業だったけど、その部屋……弁慶の部屋に、そんな「普通」は通用しない。平泉に来てもうすぐ二年、になるのか。その間にすっかりと、部屋は狭くなっていた。だから、毎朝、九郎は慎重に、物を踏んだり崩さないようにして……それはけして、後で部屋の主が長々と意味の分からぬ苦情を言ってくるからではなく、なにか変なものでも出てきたら嫌だとか、そもそも踏んづけたりしたら痛いから、という程度の理由だったけど、九郎はそろそろと、毎日同じあたりに足を置きつつ、部屋の全ての戸を開けていたのだった。
頼まれたわけではなかった。むしろ、昔空気を入れ替えろ!と言った九郎に、やっぱり意味の分からない長い話でもって、とにかく嫌だお断りですと言われた程だから、弁慶がいうには「余計なおせっかい」なんだろうと思う。
でも、九郎からすれば、胡散臭いものと謎の薬草が山積みのこの部屋を閉め切っておくなんてすっきりしないから、弁慶がいない隙にここぞとばかりに空気を入れ替えてやると思っていたのだった。変なものでも呼びこんだら、御館に顔向けができない。

ということで、今日もその日課をこなすべく、九郎は弁慶の部屋に向かった。ぎしぎしと静かに廊が音を鳴らす。板は冷たかった。やはり今日は寒い。外を見れば空は晴れ、鳥も朝から楽しそうに囀っていて、のどかに見えるほどだったけど、九郎はぶるぶると身を小さく震わせながら、なんとなく歩みを速めた。
けど、目的地が見えた時、九郎はぱたりと足を止めた。
部屋の戸が既に一部開いている。
もしかして、と思い、ゆっくりと近づき、覗きこめば、
「いつの間に」
部屋の主がすうすうと、出かける時に纏う黒い外套を脱ぐこともなく、寝息を立てて眠っていた。
知らなかった。夜中に戻ってきていたのだろうけど、全く気付かなかった。
九郎は二歩、三歩と近づく。そして、
「べ」
んけい、と、名を呼ぼうとして、でも止まった。
「……」
たぶん、まだ暗いうちに戻ってきたのだろうに、今日が昇った時刻だというのにもかかわらず寒い日だというのに、戸を閉めることなく、布団も敷くこともなく、倒れこむように眠っている彼の隣に、音を立てぬように、なにかを踏まないようにそっと、こじんまりと九郎は座る。
疲れているんだろうな、とか、そんな事も思ったけど、それよりも、ただ、起こしたくないな、と、思ってしまった。
きらきらと、朝の光を受ける髪色が柔らかそうだった。
その下で閉じたままの瞳は、多分眩しいだろうに開きそうな気配もなく、寝息も穏やかで、
京から持ってきた荷物……多分、また、九郎には一切価値の分からない怪しいものなんだろうけど、どうみてもごつごつした袋を抱きかかえ、黒い衣の下で縮こまってる彼を見つめてしまった。
だって、ただ弁慶がいる、それだけで、昨日まで胡散臭さしか感じなかった部屋が、いつもよりもずっと寒い朝だというのに、暖かく見えてしまって。
まるで、部屋自体が息を吹き返したみたいに。
なんだかすごいな、と、勝手に納得して、九郎はゆっくりと弁慶の頭に手を伸ばす……けど、それもやはり、途中で止まった。
「……何をしてるんだ、俺は」
弁慶の頭を撫でてどうする。意味の分からない行動に、自分で首をひねった後、なんとなく、そんな事をしてしまった自分に居心地が悪くなって、九郎はそっと立ち上がった。
部屋を出ても、弁慶が目を覚ました気配はなかった。


伽羅御所まで行って戻ってくると、弁慶が起きて、縁側に腰かけていた。
「九郎、おかえりなさい」
「起きたのか」
「ええ。ついさっきですけどね。君は、御館のところに?」
「ああ。久しぶりにお前にも会いたいと仰ってたぞ」
「では、明日にでも参上しましょうか。丁度、珍しい品を土産に持ってきたことですし」
久しぶりに会うというのに弁慶はいつも通りだった。でも九郎はなんとなく緊張してしまう。
そんな九郎に気付いたかそうでもないのか、弁慶は、九郎の記憶と一切変わらぬ笑顔で九郎を呼ぶ。
「今回は、色々持って帰ってきたんですよ。ほら、このお茶もそうです。君も一口どうですか?」
「え? あ、じゃあ」
情けないほどにぎくしゃくと、弁慶の隣の腰をおろす。そこは陽射しがあって、暖かかった。受け取った湯呑もまだ暖かだった。
茶の味など、九郎には一切分からないけど、進められるままに飲んでみる。と、
「懐かしい味がする」
「でしょう?」
弁慶が楽しそうに説明をはじめた。
「鞍馬の法師殿にいただいたんですよ」
「それでか!」
どおりで懐かしいわけだ。つい、ぐびぐびと飲んでしまった九郎に、弁慶は笑った。
「そんなに好きなんですか? 僕も持ち帰ったかいがあったな」
「あ、すまない!」
「いえ、構いませんよ。まだまだありますから」
「そうか」
だったら、と、九郎は更に口に含む、けど、そう、茶は安いものではないはずだ。
「お前、どうしてこんなものを?」
だから九郎は問うと、弁慶は空を見上げて返す。
「君の為に、苦労して手に入れてきました、と言えればよかったんですけどね」
その横顔はなんだか綺麗に見えて、九郎はまた、訳もなくどきりとした。でも、弁慶の続けた言葉は、全く意外なものだった。
「偶然ですよ。京で、馬が暴れて困っている方がいらっしゃったので、お助けしたら、お礼にと」
「……お前が? 鞍馬の僧を助けたのか?」
「君は一体僕をなんだと思ってるんですか。人助けくらいしますよ、たまにはね。これでも薬師なんですから」
「だけど……昔散々俺たちを痛い目に合わせたくせに」
「昔の話ですよ。もし仮に、今もそうだったら、僕たちは夜な夜な喧嘩をしなきゃいけないんですか?」
「そういうことになるのか?」
「そういうことになります」
なんか、話がずれてきた気がする。九郎は思ったけど、それを指摘するよりも先に、京でやってたような事を、今ここで弁慶とすることを想像してしまった。そして。
「……夜は嫌だけど、朝に手合わせをするなら悪くない気がするな」
という結論を口にしたら、今度は弁慶が珍しくはっきりと嫌そうな顔をした。
「どうしてそういう発想になるんですか」
「お前に言われたくない!」
だけど、九郎がそう言い返すと、いきなり肩を揺らして笑いだしてしまった。
あまりにも意味が分からないそれに、九郎は膨れた。まったく、帰ってくるなりなんなんだこいつは、と、言いたかったけど、言っても更に笑われるだけなのは明白だったから、かわりに湯呑を置いて、足をぶらぶらさせながら空を見上げた。
朝の寒さが嘘のように、すっかり暖かになっていた。ここが日向で、茶を飲んだせいもあるのだろうけど、少し暑いくらいだ。それ以外は、すっかりいつもの景色だった。
ふと、隣の弁慶を見ると、やっと笑うのをやめた彼が、だけど笑顔でこちらを見た。
「そういえば、弁慶」
気がついたら呼んでいた。
「なんですか?」
「ただいま」
言うと、弁慶は驚いたのか、呆れたのか、目を見開いた。
無理もないと思う。自分でも変なことを言ってる自覚はあった。でも言ってしまったんだ、仕方ない。とはいえやはり、朝に弁慶の頭を撫でようとしてしまった時と同じような居心地の悪さを感じて、九郎は一人で戸惑う。
戸惑って、やっぱりよく分からないけど、弁慶の頭に手を置いてみた。こんな風に意識して触れたのは多分初めてで、ゆえに結局、落ち着きを取り戻せるわけなどないから、がしがしっと適当に、頭を撫でた後、元の膝の上に手を戻した。
弁慶は終始ぽかんと、不審な九郎を見ていた。だけど、九郎が沈黙に耐えきれずに逃げ出してしまうよりは先に、なんでもなかったような風に、
「僕も、ただいま九郎」
と、言って、微笑んだ。
それだけで、さっきまでが嘘のように、ふわついた気持ちが、別の何かに変わって、良く分からないうちに消えてしまった。もう、何にそんなに焦っていたのかも思いだせなくなっていた。
「ふふっ、まだ何か言い足りない?」
「いや……うん、なんでもない。それより、何か面白い話はないのか!?」
「ああ、それでしたら……」
そして九郎……と、弁慶は、再び空を呑気に見上げながら、他愛のない話を夕方まで続けた。



ほんとの一発書き
もう九弁は来月まで書けないんじゃないかと思ってた、なんとなく。
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