uc特設/ 弁慶と四葉と望美と銀(九弁のような、弁ヒノのような)(5000字) 忍者ブログ
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※シリアスではないです


「弁慶!」
良くも悪くも通る九郎の声は相変わらずうるさく響く。立派なはずの高館の天井がびりりと震えるのも、今も昔もかわりなく。
いささかの懐かしさと、それよりも進展ない嘆きを持ちながら、弁慶は首を横に振った。
「駄目です」
「どうしてだ!?」
「どうしてもなにも、理由はさっき説明したでしょう」
「だが……」
きっぱり言うと九郎は口ごもるけれど、弁慶を見上げる目はきらきらと、まるで無垢で、それを向けられるたびに弁慶は面倒な気分でいっぱいになる。
ふう、とため息ついて彼に苦言を言うのは弁慶の役目かもしれないけど、別に弁慶だって、九郎に、まして九郎が庇おうとしているものに冷たいことを言いたい訳ではないないのだ。
なのに分からない九郎に弁慶は繰り返す。否、九郎だって分かってないはずない、きっと。
「九郎こそ、いい加減自分の立場を把握したらどうですか?」
「それはっ……その、そうだが……」
ただそれ以上に、情に厚いのだ。特にこんな時だからなおのこと。
けれど弁慶は自らの腕を抱え淡々と告げた。
「分かりました、君にまで僕は冷たくて血が通ってないと思われているんですね、だったら話が早い、君を惑わせる存在をどうして許せましょうか」
「お前…」
その一言に、今までしおらしかった九郎の瞳に憎しみがこもった。背に小さな存在をかばいながらも、じり、と足を踏み出した、
と、その時、何かを勘違いしたのか物凄い勢いでどたばたと廊下を踏み荒らしながら、いくつかの足音が部屋に飛び込んできた。
「ちょっと、二人とも昼間から何やってるんですか!」
「そうですよ、痴話喧嘩は迷惑だからやめてください」
「ちっちちちちち痴話喧」
「違いますよ望美さん」
やってきたのは白龍の神子である望美と、幼馴染の譲、それに、彼らに引っ張られてきたらしい敦盛だった。
そんなに騒いでいただろうか。九郎の声のせいか。変化した展開に惑いを浮かべる弁慶を、案の定望美の大きな目が見上げた。
「じゃあ一体何してたんですか?」
「いえ、大したことではないんですよ、ただ……」
どう答えればいいだろう、と言葉を濁す、も、
「そうやってもったいつけるなら最後まで喋ってください」
「君は厳しい人だ……分かりました」
言われてしまえば、苦笑いで白状するしかなかった。
「実はですね、九郎が今しがた、動物を拾って来たんです」
「雨の中で小さく震えていたんだ……それを素通りできるわけないだろう!」
「ああ、九郎さんらしい」
「飼ったら駄目なんですか?」
もっともな疑問を口にしたのは譲。弁慶は言葉を選びながら返す。
「そうですね……ここが京だったら、それもよかったかもしれません。けれど、僕たちは今それどころじゃないでしょう?」
言葉に、把握した神子達は顔を曇らせ、九郎は唇を噛んだ。

九郎の兄頼朝に裏切られ、必死の敗走の末、なんとかこの奥州平泉までやってきた。それが半月前。今は怪異を探り正す、比較的穏やかな日々を送っている。
けれど鎌倉殿の敵襲はいつ起こるとも限らない、その果ても知れない……それが現状だ。

「確かにそうだ、だが、どうしてお前はそう敗北前提で考える!?」
「そういう癖なんだと思いますよ。それに、泰衡殿の預かりの身である僕たちが、更に食いぶちを増やしてどうするんです?」
「でも、それでもあれを見てなんとも思わなかったのか!?」
「思いません」
揺るがない九郎の言葉を即答で切り捨てた。
「九郎、そろそろ分かってもらえませんか? このままだと僕はまた酷い事をしなければならなくなる」
そして冷たく告げると、
「まっ待って下さい!!」
……弁慶が『それ』に何かすると勘違いしたのだろう、望美は慌てて、大げさに手を振って弁慶に向き直った。
「えっと、何拾ったんですか?」
途端、九郎の顔が輝いたのが忌々しかったけれど……ついでに、九郎はともかく望美に『それ』に何かすると思われた事に多少傷つきもしたけれど、
弁慶は戸惑いを装い返した。
「猫、ですが」
しかし望美の反応は大方の予想と異なるものだった。
「猫ですか…」
「あれ、先輩猫好きじゃなかったでしたか?」
「好きよ、でも、猫だったら敦盛さんがいるから……」
そして敦盛の腕をがしっと掴み、頭を愛おしそうに撫でた。
「みっっ……神子?」
「せせっせんぱい先輩何を!」
「敦盛さん撫でてると、落ち着くんです~」
「何を言い出すんだ望美、真面目にやれ!」
「ふざけてないです九郎さん。考えてみてくださいよいいですか、敦盛さんが猫じゃらしにじゃれたら、それはもう可愛いと思いませんか!? 私、それだけは譲れません」
「なんだと……?」
兄妹弟子はバチバチと睨みあう。一触即発の状態だ、けれど、そこで神子に抱かれた敦盛がぽつんと言った。
「いや、神子……私は猫ではなく、虎だから……」
「敦盛、たぶんそう言う問題じゃなくて……」
「虎も猫科だよね譲くん!」
「だから先輩そういう問題じゃ」
と、常識ある譲が一人で空回りをはじめたあたりで。「こんにちは、神子様……おや、猫ですか?」
音もなく近づいてきた人。銀だった。
「ああ、銀殿……」
「九郎さんが拾って来たんです。雨の中で震えてたんですって」
「ああ、そうだったのですか。それはかわいそうに……」
部屋に入り、事情を知るなり銀は、九郎が後ろ手に隠していた猫を両手に抱えて頬を寄せた。
「親猫とはぐれてしまったのでしょうかね。冬の雨は冷たい、九郎殿に出会えてよかった」
「銀殿、わかってくれるのか!」
「はい、勿論。私も泰衡様に拾われた身、他人ごととは思えませぬ」
がし、と、九郎と銀は両手を掴んで結託した。それに九郎の顔が一気に明るくなり、望美もさっきまでと一転、何かひらめいた、と言わんばかりの笑顔になった後、おずおずと猫に手を伸ばし、柔らかな毛並みに指を絡めながら銀に微笑んだ。
「ねえ銀、泰衡さんに相談できないかな?銀や金を拾ってくれた人だもの。この猫を私たちが飼うことを許してくれるかも」
「そうだ、泰衡に相談しよう、あいつはいいやつだからな、どうにかしてくれるに違いない」
「ええ。神子様の願いでしたら、我が主はきっと理解してくれるでしょう」
話は急にまとまってきた。が、そこに水をさすのはやはり弁慶だ。
「おや望美さん、猫は敦盛くんがいるから、要らないのではなかったんですか?」
「猫は、敦盛さんに抱いてもらうことにしました。私はその二人をまとめて愛でます。更に幸せです」
「先輩……」
譲は呆れたように、または諦めたように息を吐いた。完全に困惑した敦盛も続く。
「だが、猫は可愛いが、やはり私たちと関わらない方が、幸せなのではないかと思う。戦も近い……」
「何を言う敦盛!」
「九郎さん、敦盛さんを悪く言わないでください」
「望美!?」
「九郎さんのバカ!」
「先輩、九郎さんも落ち着いてくださいよ……」
結局、またも常識人譲が一人で天を仰ぎ、
「ああ、こんな時に景時さんがいてくれたら……」
心の底から呟いた。
それに皆が一斉に黙った。
景時。いつも笑顔で皆を和ませていた彼は、今はもう。
「……俺は、きっと景時には何かがあったと信じてる」
「九郎さん…」
空気を否定するように、九郎が重く、ただしきっぱりと言った。
「俺はともかく、あいつが望美の事を裏切るとは思えないんだ」
それを皮切りに、皆が口々にここにいない仲間を語りはじめた。
「そうですよね、きっと事情があったんですよね!」
「俺にも凄く優しくしてくれた人でした」
「武士には武士の理由があるのだろう。私も、そう信じている」
と、しみじみしたところで、銀から猫を受け取った望美が、あることに気付いた。
「あれ、よくみればこの猫、景時さんに似てませんか? この、頭の毛がツンツンしてるところとか」
すると皆が一斉に猫を見た。
「ああ、本当だ、似てますね。お腹の毛が白いのも、なんだか景時さんを思い出します」
「なんとなく、気が抜けてそうなところも似てますね」
見つめられ、猫は居心地悪そうににゃあんと前足で顔を洗う。その姿を見、九郎が目を輝かせ、拳を握った。
「きっとこれは、天の思し召しに違いない! よし、これからこの猫は景時だ!」
「景時さん!」
「そうと決まれば望美、泰衡の所に行くぞ!」
「私もお供します」
「これからはずっと一緒ですよ、景時さん!!」

この館に、こんなにも明るい声がかけめぐったのは久しぶりだった。
それは平泉の秋を遠く包む白青い空へなめらかに吸い込まれていった。まるで、景時の元までも届いてしまいそうなほどに。




「ってことがあったんですよ」
穏やかな声で弁慶は言う。膝の上に二匹、左右にそれぞれ二匹、頭の上にももう一匹、猫を乗せて。
「だからこんなにあんたが猫に囲まれてるわけ」
「そうですね」
「……似合わねえ」
「奇遇ですね、君と意見が合うなんて」
穏やかさに、西からの逃亡中に変なものでも食べたのかとひやひやしたけど、そう口にする様子はいつもの叔父らしくて、ヒノエは安心した。性格の悪さにほっとするというのも変な話だけど。
そして、のほほんと縁側に腰掛ける弁慶の所から近づいてきた一匹の、景時と呼ばれた灰色の猫を抱え上げた。
「にしても、最初は一匹だったんだろ? なんでこんなに増えてるんだ?」
「九郎が拾ってきたに決まってます。この三毛が、たま。なんでも望美さんの世界で猫といえばたまなんだそうですよ、茶色いのが経正…ああ、敦盛くんのお兄さんだそうです。で、そっちの白いのが望美、で、黒いのが黒龍、だったかな?」
「覚えてないのかよ。酷い奴」
「僕は彼らほどは猫に愛は注げませんから」
「へえ、なのに捨てようとは思わなかったんだね?」
「君が僕をどう思ってるのか、今のでよく分かりましたよ、ヒノエ」
「日頃の行いだね」
振り返った叔父は勝ち気にヒノエを見ていた。全然困ってる顔じゃない。ヒノエもまっすぐに跳ね返した。
「ったく、よく言うよ」
「なにがですか?」
ヒノエの言葉に、弁慶はとぼける。けどヒノエには見当がついている。
「九郎にはとりあえず諦めさせて、後でこっそり隠れて餌をやるつもりだったんだろ?」
「まさか。言ったでしょう?僕はそこまで猫が好きな訳じゃない。ただ、九郎が一人で勝手に飼うと、やはり立場が悪くなりますからね。後々泰衡殿に厭味を言われかねない。はっきり言って嫌です。だから、偶然望美さんが来てくれて、尊き白龍の神子の、清らかで優しい心で猫を飼いたい、と言ってくれてよかったった、という形になってよかった、と思っていた所ですよ」
「……ほんとに性格悪いよね」
せっかく誉めてたのに。しかもそんな内容を、姫君を讃える口調と同じように言うものだから、ヒノエはげんなりした。つくづく心配して損した。
「ああ、そういえば、」
呆れたヒノエを無視して、弁慶は頭上、黒衣の上でくつろいでいる白猫を指し笑んだ。
「この頭の上にいる猫、ヒノエ、って名前ですよ」
「……命名は姫君?」
「譲くんと九郎です」
「うわあ……それ、微妙」いよいよもはや逃げ出したくなってきた。
だからヒノエは最後に言った。
「でもやっぱり、あんた丸くなったね。老けた?」
「奇遇ですね、僕もそう思います」
意外にも叔父は同意した。そして静かにヒノエから視線を庭へと外していった。
「正直、自分でも意外でした。気が抜けたのかもしれないな、ここは、平泉だから」
「懐かしい、って?」
「ええ。信頼に足る人が、いくらでもいますからね」
言う叔父の顔は良く見えなかったけど、彼の膝の上や側で相変わらずに猫はにゃあんと寝そべりごろごろと喉を鳴らしていた。
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