×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
三日ぶりに家に戻ってきた。
中に入ると、夜もとうに深まっているというのに、奥から明かりが漏れていた。
やっぱり。九郎は深く息を吐く。それきりぴたりと気配を消して、足音も殺し、静かに静かに忍び寄る。
察しの悪い彼ではない。気付かれるかもしれない、
が、九郎の推測が正しければ、平気だろう。
案の定、気付かれた形跡はないままに部屋の入口までやってきた。
そして。
「熱心だな」
冷ややかに言うと、小さい明かりの下、寝転がってなにやら読み耽っていた弁慶はびくりと体を震わせたあと、顔だけ九郎に向けてよこした。
ただし、反応とは裏腹に、その表情はすっかりと繕った笑顔だった。
「九郎。おかえりなさい。……今日は鎌倉殿のところに控えているはずでしたよね。どうしました?僕に会いに来てくれた?」
「ああそうだ」
「……驚いた。君が冗談を言うなんて。本当に寂しがってくれたなら嬉しいんですけどね」
「馬鹿なことばかり言うな。河内から急ぎの用を持って伝令が来たから、俺は今日は戻れと言われただけだ」
だから、どうせまた必要以上に夜更かししてるのだろうと足早に帰ってきてみれば、このとおり。
九郎は腰を下ろし、いけしゃあしゃあと言う弁慶の顔を至近距離から覗き込んだ。
「また目の下が黒い。毎日これだったのか?」
「君がいないからつまらなくて」
「俺がいても関係なく読んでるじゃないか」
「これが君の軍師である僕の仕事ですからね。君の役に立ちたいと、僕も必死なんですよ」
怒る九郎に対して弁慶は、一見いじらしい言葉を紡ぐが、さっきと同じで涼しげなままの顔をみれば、さすがの九郎も騙されない。
「俺は別にお前に役に立てと頼んでない」
「君が心配なんですよ、九郎」
「俺だってそうだ!」
卑怯にも九郎を言い訳にしようとする弁慶に叫びつつも、裏腹に、九郎はそっと弁慶の頬に手を伸ばす。目の下のくまを親指で二度、三度と撫でる。
たしかに、弁慶が書を読むのが好きなのは知っている。それを咎めるのは気が引ける。もし、彼が言うとおり本当に九郎を気にかけてくれるならますますだ。
でも限度というものがある。放っておくと朝まで読んでるんだ、こいつは。
特に、九郎がいないときはここぞとばかりに読みまくる。いつだったかは、最終的に、疲れ気を失うように眠って丸一日起きなかった。呆れるしかない。
それにやっぱり。
「くまのない顔の方が好き?」
「そうだ」
するりと答えてから九郎はぎょっとした……心を読まれた!?
そんな九郎の気持ちをもお見通しなのだろう、指先を強張らせてしまった九郎の態度に、弁慶は気分よさそうにくすりと顔を崩す。
「君のそういうところ、僕は好きですよ」
「……」
九郎は複雑な想いと共に沈黙した。
随分長い時を共にしているのにいつになっても慣れない。見抜かれるのも、こんな風にありふれた笑顔を向けられるのも、
そして、
ただの夜更かしのせいとはいえ、弁慶が疲れた顔をしてるのも。
「……俺は、」
……こんな気持ちもばれているのだろうか。だったら今更躊躇うだけ馬鹿げてるな。
思い、九郎は素直に気持ちを話すことにした。
「俺はお前が笑ってるのが好きだ」
さっぱりと九郎は言った。意図せず顔が綻んだ。が、気にはしなかった。
なのに今回は、九郎の言葉に、まるで意表をつかれたかのように弁慶が目を丸くした。
「……九郎」
「……なっなんだ、なんで今更そんな顔するんた!」
それに、九郎もつられて慌てふためく。却って恥ずかしい思いをする羽目になり、とは言え事実は事実だけど、だからってこいつは、
なんて、九郎があれこれ一人で考えている間に、弁慶がふわりと笑った。
「いえ、僕も君の笑顔が好きだな、と、思いました」その一言で、九郎もあっけなく落ち着いた。納得した。弁慶を見つめる。弁慶も見上げる。
再び告げた。
「ああ。俺もやっぱり好きだ」
PR
最新記事
(04/04)
(07/15)
(02/11)
(12/09)
(10/27)
最古記事
(03/14)
(03/16)
(03/18)
(03/20)
(03/23)
プロフィール
HN:
ありのん
性別:
非公開