uc特設/ 九郎と弁慶というより九郎(3500字) 忍者ブログ
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雪が降る。ずんずんと。あっという間に地面が白に染まってゆく。
京でも雪は降った。だけど、ここ平泉のように、一刻ばかりですっかり一面雪景色になる、なんてことは、九郎の住んでいた山の上ならともかく、街中では稀だった。
多分寒いからだと、去年言われた。確かに寒い。それでも九郎は庭に佇んで降る雪を眺める。長い髪にそれが落ち、溶けて濡れても気にせずに、
正確には、雪の向こう、木々の向こうに垣間見える街を見下ろしていた。
「約束したのに」
今年最初に雪が積もった時に雪合戦をしようと……去年とうとう勝ち負けを決めることができなかったから、今年の最初に勝った方を去年の勝者にしようと約束したのに、
その相手は未だ帰らない。
「……待つだけ無駄か」
平泉に来て三度目の冬。九郎は庭に背を向けた。


とはいえ特別やることもない九郎は、仕方がないから書物を読むことにした。小卓の前に行儀よく座る。武家の棟梁としての心得を示した本、らしい。火鉢の中で炭がはねる音が眠気を誘う。興味がある内容ではなかったから尚のこと。そもそも九郎は源氏の棟梁になりたいわけでもないし、なるなどと思った事もない。けれど昨日、泰衡に、源氏の御曹司殿はこのようなことも知らぬのか、と言われてしまったものだから、読むことにしたのだ。
ぱらりぱらり、と、頁をめくる。やはり全く興味が沸かない。というより、内容が気に入らない。上にたつ人間は仲間を守るものであって虐げるものじゃないのに。
と言おうものなら泰衡ならまた、九郎が更に気に食わないことでも言うのだろう。だったら彼だったら……、
と、無意識に考えてしまって、なんだか面倒になって九郎はぱたりと仰向けに転がり天井を見上げた。
天気が悪い日は好きじゃない。窮屈だ。特に彼が……弁慶が平泉にいないときは尚更だ。部屋が広く感じた。元々広い部屋ではあったけれど、特に天井が遠く感じる。
やはり今日もそう思いながら、九郎は上をぼんやりと見続けた。
こういう時に考えるのはいつも同じこと。想定する。もし弁慶がこのまま帰ってこなかったら、と。命を落として、とかじゃなく、彼の意思で、平泉を離れると決めたなら、と。
以前から、ふとした瞬間に思うことはあった。九郎は源氏の血を引く者として、一族の悲願である復讐を果たさなければならない。そしてその生き方を選んだ今、ここ以外に居場所もない。そもそも京に未練もなければ、御館の治めるここ平泉に勝る地などないと思っているので、なにも問題などなかった。
けれど弁慶は違う。彼は今だってそうしているように、どこにでも行ける。京では阿彼の薬を待つ人々がいるというし、熊野だって、今は別当が代替わりしているからたまに顔を見せに行っているという。そもそもどうして九郎と平泉に来たのかも分からない。平家を討ち滅ぼすなら、もっと、たとえば九郎の兄のところに馳せ参じたり、熊野に戻った方が功績もあげられるだろう。
だから、そう弁慶は、いつ九郎の目の前からいなくなってもおかしくないのだ。
九郎はその日が来ることを考える。そうしたら、雨の日にはずっとこんな風な鬱屈とした気持ちを抱えて生きてゆくのだろうな、と思い、火鉢にすり寄りながら目を閉じた。


それからゆうに10日は経った頃、弁慶がいつものように帰ってきたので、九郎もいつものように出迎えた。
ただ、その頃には雪もすっかり消えていて、結局勝負の行方は分からずじまい。
「せっかく結構積もったのに」
もはやどうしようもないことだけど、一言ぼやく。けれど弁慶は荷を解きながら、
「そうでしたか。まさかそんなに寒いなんて。熊野なんて、夏が戻ってきたのかみたいな気候の日もありましたからね。ああでも、それは結構前か」
と、言うのを聞くなり、なんとなくおもしろくなくて、九郎は膨れた。
その様子に弁慶は手を止め目を丸くする。
「もしかして、楽しみにしていたんですか? それは悪いことをしてしまいました」
けれど、そう言われると今度は、何を自分はそれくらいのことで腹を立てているんだばかばかしい、などと思ってしまい。
「いや、別にいい。気にするな」
そっぽを向いて返した。そして黙った。
せっかく弁慶が帰って来たというのにどうにも釈然としない。それが更に輪をかけてどうにも気が晴れなかった。
「寂しかったんですか?」
そんな九郎に弁慶が聞いてくる。
「そういうわけじゃない」
「本当に?」
「本当だ!」
つまらないと思ったけど、寂しくなんかなかった。だからそう返したのに、弁慶は苦笑する。
「何故お前が困る」
「うーん、どうしようかな、と思って」
「何が」
「何って……ああ、そうか、あれがいい」
そしてなにやら一人で思いついたらしい弁慶は満面の笑みで立ち上がり、九郎の手も引く。
「なんだ?」
「ふふっ、いい事を思いついたんですよ。騙されたと思って僕についてきてください」



「うっ」
九郎の放った一撃が弁慶の顔に命中して、ぐらり、と外套をはためかせながら弁慶は尻もちをついた。
「やった!」
「卑怯だ」
「なにが」
「僕は長旅の疲れがたまっているのに」
「それはそれ、これはこれ、だ」
と、九郎はぽんぽんと、軽くお手玉を放り投げる。
雪玉がないならお手玉を投げ合えばいいんじゃないか、という弁慶の提案でやってみた合戦は、見事九郎が勝利した。
はじめは、別にそんな子供っぽい理由でふてくされているんじゃない、と、九郎は憤慨したものだが、はじめてみたらなかなかに、本気になっていた。あたると結構痛いからなおさらだ。
弁慶は、座ったままそんな九郎を恨めしげに見ていた。
「大丈夫か?」
近づき、手を差し出す。要りません、と言われるかと思ったけれど、以外に弁慶は素直に握り返してきた。
「大丈夫じゃありません。ああ痛い。明日起きたら痣になってるかも」
目の前に来た顔を覗き込むと、たしかに痛そうだった。
「それは……すまなかった、弁慶」
「本当にそう思ってますか?」
「ああ」
弁慶は性格は悪くとも見目はいいから、それを痛めたのは申し訳ない、と、頷くと、途端、神妙だった表情がいきなり破れ。
「だったら、教えてくれませんか九郎」
しまった、と思った時には遅かった。謀られた。間近の笑顔に息を飲む。
「……な、何を」
「君は、どうしてさっきあんなに落ち込んでいたんですか?」
やっぱりそれを聞かれるか。
「それは、その」
「話してくれますよね、九郎」
「卑怯だ!」
「けれど、ここで答えなければ君こそ腑抜け、ですよね」
「うっ」
ああもう、にっこりと笑むその姿は九郎ですら端正だと思ってしまうほどだというのに、どうして中身はこうなのか。
思いながらも、たしかにここまで来たら…言わざるを得ないだろう、と、九郎は弁慶から離れ、濡れ縁に腰を降ろしてから、呟くように口にした。
「俺にもよく分からん」
「というと?」
隣に腰を降ろした弁慶は見ずに続けた。
「……たぶん、お前が戻ってこなかったら俺はどうしたんだろうな、とでも考えていたんだと思う」
弁慶はもうここにいるのに。仮定の話で落ち込むなど、どうかしている。思ってはいたけれどどうにもならなかった。
言葉を口にしたら、それが本当に起こる事のように思えてきて、ますます憂鬱になった。つい俯いてしまった。
けれどそんな九郎に弁慶は、まるでなんでもない事のように、
「そんな時には君は迎えに来てくれると思っていたのに」
と、随分と朗らかに返すものだから、九郎は頭をあげる。弁慶は微笑んでいた。
「迎えに?」
「ええ」
「行っていいのか?」
「どうして?」
「いや、その……」
弁慶が何を思ってそう言っているのか、九郎は知らない。そもそも仮に、京にでも居座ってもう動きませんと言われたら、実際に平家の敵である九郎があの町に飛びこめるかも謎なのだから、弁慶はもしかして、九郎の思っていることと全く違う話をしてるのかもしれない。
それでも、なんだか、弁慶の口から何気なく零れた言葉が嬉しくて。
「本当にいいんだな?」
「おかしな九郎ですね。何を今更そんな事を確認するんですか」
「確認したかったからだ」
これで、次に弁慶のいない雨の日が来ても、少しはマシな過ごし方ができるような、そんな確信があった。



まとまりきってない
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