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※前編から続いてます
※後編に続きます



それにしたって、一体翡翠はどこにいるのか。
「勝真、お前知らないの? 最初から一緒に八葉してたじゃん」
「そうだけど」
地の八葉だかなんだかと言ったって、普段は一緒にいないし込み入ったことに興味もないから、勝真には見当もつかなかった。
「……神子なら存じてらっしゃるのでしょうか」
「まあ、オレたちよりは可能性高そうだけどさ」
「……ですが、神子の御心を痛めるわけには」
「それもそうなんだよな~」
どうしたもんかな、と話ながらも、なんとなく歩いていた一行は、なんとなく神泉苑にまでやってきた。
そこでまた、見知った姿を見た、というか。
「泉水殿! それに勝真殿にイサトまで。こんなところで皆さんに出会うなんて、奇遇ですね」
話しかけるより先に、彼は振り返り、少し驚きながらもにこやかに微笑んだ。
「彰紋!」
「お久しぶりです、彰紋さま」
「ったく、今日はよく顔見知りに会うな」
口々に喋りながら、近づく三人を、彰紋は更に驚きながら見つめる。
「もしかして、皆さんも偶然一緒になられたんですか?」
「そーいうこと」
そんな彼の隣までやってきて、一休み、と言わんばかりに伸びをしてからイサトが聞いた。
「ところで彰紋、翡翠どこにいるか知らね?」
「翡翠殿ですか?」
「はい……実は、先程のことなのでございますが…」
続けて泉水が静かに語りだした。彼の話……というより、途中からイサトと勝真が大体喋っていたけど、それに彰紋は最初こそ口元に手をあて素直に驚いていたけど、次第に真剣な目になっていった。
「鳥が泉水殿の笛を持ち去って、それを翡翠殿が知ってらっしゃる、と。なんだか、不思議な縁ですね」
「だよな。まさか知ってるヤツの名前が出てくるとは思わなかったぜ」
「ですが、肝心の翡翠殿の行方が分からない」
「そ。そこが問題」
「彰紋様、なにかご存知ではございませんでしょうか」
所在無く手を胸の前で組む泉水は、いよいよ不安そうだ。
けれど、そんな彼に意外にも彰紋はあっさりと。
「そうですね、翡翠殿はああいう方ですから、僕も確かな事は言えません。でも、翡翠殿がお好きな場所でしたら知ってます」
言い切った。
「本当か!」
「ええ」
「やっぱり彰紋は頼りになるな!」
「はい」
三人はひとしきり喜んだ。特に泉水は目を潤ませるほどだった。勝真の馬まで嘶いて、彰紋もますます顔を綻ばせる。
そんな彼に勝真が改めて問うた。
「で、それはどこなんだ?俺たちが行ってもいい場所なのか?」
「はい、もちろん」
彰紋は頷く。それは彼らにも馴染みの場所で。
「朱雀門ですから」
「あー」
馴染みの場所すぎた。


たしかにあの場所で、何度か翡翠に会ったことがある。
しみじみ納得した一行は、仲良く朱雀門までやってきた。
相変わらず賑やかだ。人でごった返している。いささか勝真は緊張した。引きっぱなしの手綱を持つ手も強張る。
まず、仮に翡翠がここにいるとしても、この中から探すのは至難の技だし、なにより。
と、危惧した矢先に。
「翡翠殿、いらっしゃるでしょうか……」
きょろきょろとあたりを見回しながら歩く泉水のすぐ横で、
「うわあ!」
「えっ?」
背丈よりはるか上まで荷を背負った物売りが、紐が緩んだのか、いきなりそれをぶちまけた。
「危ない!」
「泉水!?」
「泉水殿!!」
けれど間一髪、それが泉水を襲う前に思いっ切り勝真が彼の腕を引っ張った。
「……えっ?えっっ?」
「ギリギリか」
本当に紙一重だった。荷の薪は泉水の足元すぐに落っこちて、すごい音を立てた。最初は何が起こったのか理解できずにぽかんとしていた泉水も、その音に状況を把握したのだろう、身を引き勝真の腕を掴み返した。
そんな泉水を、だけど物売りは睨み叫んだ。
「あんたどこ見て……!?」
けれど、すぐに、泉水が貴族だと気付いたのか、
「すっ、すみません!!」
「あの、一体何が」
荷もそのままに、一目散に逃げていった。
「なんだよ、あいつ」
残った薪を軽く蹴飛ばしながらイサトが苛立ちを隠さずに言う。そのまま、
「おいおい見世物じゃねーよ!」
周囲の群衆を睨むと、彼らもまた、元通りに歩きはじめた。
そんなやりとりを見て、息を吐いた勝真に、おずおずと泉水が頭をさげた。
「ご迷惑をおかけしてしまいました勝真殿」
「いや、無事で、気をつけてくれればそれでいい、彰紋も」
「はい」
泉水も、それに彰紋も、すまなさそうにこくりと頷くけど、元々あちこちに出歩きすぎな二人だ、分かってるのかいないのか。
そんな、身分を振りかざさないところは好きだったけど、こんな人の多いところでは何があるか分からない。襲われてからでは遅すぎる。あまりにも心配だ。
「……『あいつ』と三人で歩いてるとき、どうしてるんだこいつら」
「そんときは、張り切るに決まってるじゃん。あいつを守るためのオレたちなんだからな! な、彰紋」
「はい。もちろんです」
朱雀の加護を受ける二人が言い交わすのを見、勝真はなんだか更に気苦労を感じた。
けど、今まで平気だったんだから、杞憂か。と、
「ところで翡翠殿、見当たりませんね」
「そうだな」
本題に戻った彰紋に同意した。
「これだけ人がいてもあいつなら目立つから、見つかりそうなもんだけどな」
「なら、歩ってみようぜ」
「そういたしましょう」
というわけで、勝真は愛馬の手綱を握りなおそうとした。
けど。
「……ん?」
「勝真殿、どうかしましたか?」
「いや、」
振り返る。絶句した。
さっきまで確かに連れていた愛馬がいなくなっていた。
「…………やられた!!」
いつの間に。いや、泉水を引っ張った時だそれは分かってるけど全然気付かなかった。
「おい勝真!」
イサトの制止も聞かずに勝真は人を押しのけながら周囲を見回す。でも分からない。馬を連れた奴なんてそこら中にいる。更に進めど同じだった。見つからない。
「くそっ」
息が切れるまで走ったけど、無駄だった。拳を振り下ろしながら叫んだ。
なんて話だ。泉水に偉そうに言っといて自分がこれか。
「情けねえ。ったく、何が京職だよ」
「全くだね」
かけられた言葉に、更にうなだれた。
「返す言葉もないな」
「あの馬、大切にしていたのだろう?かわいそうに」
「…………ああ」
「仕方ないね。これに懲りたら海賊の前で油断なんか、してはいけないよ」
「……分かってたつもりだったんだけどな」
にしたって、馬を奪われたことも、間抜けだった自分も、なにもかもが勝真を打ちのめす。よりにもよって海賊なんかに掠め取られるなんて。
…………ん?
勝真は顔を勢いよく頭を跳ね上げた。
「おまっ……!!」
「やっと気付いたのかな?」
そこにはしたり顔の翡翠が、勝真の馬を従えて立っていた。
「いつからそこに!?」
「君達が朱雀門に着た頃には、つけさせてもらっていたよ。目立つからね、すぐに気がついた」
「しかもなんで俺の馬を」
「それはさっき言っただろう? 隙などみせられたら、海賊としたら浚いたくなってしまうだけさ」
「……」
つまり、遊ばれたのか。こっちがどれだけ慌てたかなど露知らず…じゃないな、ここまで見越して面白がってる翡翠に勝真の怒りは更にふつふつと上がってゆく、
けど、それに翡翠は更に笑む。
「おや、自分の不手際で盗まれたというのに、私に八つ当たりするかい?」
「盗む奴が悪いだろうがどう考えたって」
手綱をぶんどったら、翡翠はまたも笑った。腹立たしい奴だ。これに関しては幸鷹と意見が一致してもやむを得ないと思った。
少しでも離れたくて馬を引き寄せる。彼はいつも通りで大人しく勝真に身を寄せる。
「勝真!」
そこに、イサトたちが駆け寄ってきた。
「どうしたんだよいきなり…って、あ、翡翠じゃん!」
「やあイサト殿。そんなに驚いて貰えるとは。私は君にはまだなにもしてないはずだけどね」
「? なんの話だ勝真」
「こいつの話はまともに聞くな」
「は?」
「勝真殿は、私にからかわれたことが悔しくてそう言っているんだよ」
「だから、盗むあんたが悪い」
「はあ??」
イサトは無視して勝真は改めて、翡翠を睨むも、
「ま、なんでもいっか。それより勝真、翡翠捕まえるなんてやるじゃん!」
と、イサトが無邪気に喜ぶものだから、勝真としたら気に食わない。
「俺が見つけたんじゃなくて、こいつが!」
「勝真殿!」
「どうされたんですか…あっ、翡翠殿も」
「泉水殿に、彰紋様。どうされましたか、そんなに急がずとも私は逃げませんよ」
でも、泉水たちまでやってきてしまえば、苦々しくも、話を進めるしかなさそうだ。勝真は仕方なく黙った。
「へへっ、オレたちはあんたを探してたんだよ」
「私を?」
「はい。実は、その、全ては私のせいなのです」
ここで、ようやくかすかに目を見開き、驚いた風を見せた翡翠に、泉水が今までのいきさつを説明した。
すると更に翡翠の目は丸くなり、口元に笑みがはっきりと浮かんでいた。
「鷹が笛を、ね。にわかに信じがたいけれど」
「存じませんでしょうか」
「騙されるな泉水殿、知っている、って、こいつの顔に書いてあるだろ」
「おやおや、勝真殿にもすっかり嫌われてしまったね」
「ふん」
言葉と裏腹に変わらぬ笑顔で言われても説得力がないってもんだ。
「何そんなに怒ってるんだよ」
イサトが言うも構わずに、勝真は腕を組んでそっぽを向き黙った。
それに、彰紋も困惑を浮かべていたが、やがて翡翠に向き直り話を進めた。
「そう言う話なのですが翡翠殿、何か知りませんか?」
じっと見つめる彰紋と、隣でまさに縋るような面持ちの泉水。
翡翠は、さらりと髪を揺らしながら宮様二人に向き直り、
「そうだね。泰継殿はさすがというべきだな。知っていますよ、泉水殿、彰紋殿」
と、至極あっさりと返答した。
「知って…ええっ!」
「確かですか」
「正午の少し前、だったかな。随分と綺麗な色の枝を持った鳥が飛んでいてね、気になったんだ。まさか泉水殿の笛とは、夢にも思わなかったけれどね」
翡翠の言葉はさらさらと続く。これは間違いない。
「やったな泉水!」
「はい、イサト殿」
……泉水への目にも悪い感情は含まれてないように、見える。
「もしかして、私を疑っていたのかな」
探る勝真に、翡翠は目を細めて問うた。バレバレか。
「まあな」
「実はオレも」
「お二人とも…」
「ははははは。正直だね君たちは。これも、私の日ごろの行いというものかな」
「……なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「大人というのはそういうものさ」
「うわっ」
気分や機嫌を害すかと思ってたけど、それどころか翡翠は唐突に、身を乗り出しイサトの頭を撫でた。意味が分からなかったが、考えるだけ馬鹿馬鹿しい気がした勝真は、腕を組んだまま、嫌がるイサトをただ眺めるに留めた、溜息付きだけど。
けれど、そんな意味の分からぬやり取りにも負けず、控え目ながらもしっかりと、
「あっ、あの」
泉水が割り込んだ。
「それで、あの、その鳥はどこへ飛んでいったのでしょう?」
まっすぐに翡翠を見て泉水は言った。真剣な声に、自然に残りの三人も、似たような緊張と共に、翡翠を見る。
翡翠は、そんな四人をくるりと見回した。彼にしては優しい目で。
と、思ったのもつかの間。
「教えて差し上げてもよろしいが、条件がある」
告げた時にはすっかりと、その長身からこちらを見下ろすような、高圧的で、傲慢な様に変貌していた。
「なんだよ、それ!」
「情報、というのは安くはないのだよ、イサト殿」
「だからって、今言うかよ」
「では、なかったことにさせてもらうがよろしいか?」
反発にもするも、翡翠は揺るがない。仕方なく黙ると、翡翠は軽やかな、海行く風のような口調で提示した。
「何、難しいことではないよ……幸鷹殿を、私に差し出してもらおうか」
「幸鷹殿を、ですか?」
「ああ、そうだよ」
その意図は不明だったけれど、翡翠のその、残忍とさえ言えそうな、美貌に光る目を見れば。
嫌な予感しかしなかった。
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※二年前の記憶だけで書いてるので、一人称二人称三人称その他口調行動関係等曖昧です
※3章開始直後までのネタバレを一部含むかも


ぱかりぱかりと蹄が乾いた土を蹴る音を響かせつつ、馬が一駒、早くなく遅くなく走っていた。
操っているのは一人の若者。彼は頻繁にここに来ていた。なにを探している訳でもなく、なにをするわけでもない。少し前までは、そんな日々に嫌気をさしていた。でも今は……やっぱりなにもしてないけど、苛立ちのような感情は随分と薄まっていた。
いつも通る橋に通り掛かったところで、橋の欄干にもたれて俯いき、しょんぼりと川を見ている姿に気がついた。
「あれは」
知っている人物だった、けど、この前までは口を聞くこともない…身分的にも、そもそも話したいとも思わなかった相手。でも今はいくらか縁があるし、
なにより、そういう人に声をかける為に、こうして街中を巡ってるのだから、戸惑いはせずにま近づいて、
「何やってるんだ?」
と、馬から降りながら問いかけた。
とんだ不敬にまわりがぎょっとした気配がしたけど本人達は何食わぬ顔で、むしろ、話し掛けられた、どうみても身分の高い見なりの人物の方が縮こまりながら、
「勝真殿」
と、見た目通りに線の細い声と共に顔をあげた。
「こんなとこで何やってるんだ? 腹でも減ったのか?」
「いえ、そういうわけではありません……大丈夫です、どうかお気遣いなく。勝真殿は、お仕事をされているのでしょう?それを私ごときが、煩わせる訳には……」
気楽すぎる勝真に対して、よそよそしい泉水の言葉。いつものこととは知ってるけど、じれったさを感じて勝真は短く言った。
「あのなあ、だからあんたみたいな人に手を貸すのが俺の仕事なんだよ」
「ですが……」
「それに八葉の仲間ってやつなんだろ、泉水殿。『あいつ』が泣くぞ」
「そうなのですが……」
「ああもう!」
後ろ手で頭をかくと、泉水はまたもびくっと怯えた目で勝真をみる。話が進まない噛み合わない。さすがにいい奴なのは分かってきたけどどうにも合わない。困った。
と、勝真が睨みそうになった時。
「あれ、珍しい組み合わせじゃん」
「イサト」
「イサト殿」
二人と同じ八葉であるイサトが、髪や装束をゆらゆら揺らしつつ近づいてきた。
「あー! 勝真、泉水を虐めてたんだな!」
「違いますイサト殿!私が至らぬばっかりに……」
「……」
必死な泉水。ますます勝真が虐めたみたいじゃねえか、と、残りの二人は黙った。
とはいえ、これで少しは好転するだろうか。勝真は気を取り直して、
「ほら、いい加減あんたも何に落ち込んでたのか言ってくれよ」
改めて聞くと、しばらくおろおろした後だけど、泉水はおずおずと答えた。
「実は、笛を……」
「笛って、いつも持ってるあれか?」
「はい。私の大事な、大切な笛が、さきほど鳥に持ち去られてしまいまして、どうしようかと困り果てておりました」
「鳥?盗賊かなにかか?」
「いえ……お恥ずかしながら、鷹かなにかの、翼の生えた鳥でござ」
「はあ?」
鳥に襲われるとか、しかも笛なんて、鳥からしたら棒きれを持ってかれるなんてありえるのか…? と、勝真とイサトは仲良く顔を見合わせてしまう…けど、
「いやでもこの宮様なら」
「ありえるな……」
「もっ、申し訳ございません」
二人の態度にさらに縮まる泉水。大きく溜め息ついてしまうのも仕方ない。でも、怯える泉水に、二人はすぐに笑った。
「で、それを探せばいいって事?」
それに泉水は惑う。
「えっ、はい、ですが私などのために」
「だから、それが俺の仕事なんだっての」
「『あいつ』だって、こういう時率先して探すだろ?」
けど、頼もしく言う勝真とイサトに、結局泉水も、
「……では、お頼み申し上げてよろしいのでしょうか」
「ああ」
「任せとけ!」
「……はい!」
頷いて、はんなりと微笑んだ。


とはいえ、鳥が持ち去ったとなると、捜索はたやすくない。
「で、どーしよっか」
腕を頭の後ろに組んで、あてもなく空を見上げるイサトの言葉ももっともで、泉水も顔を曇らせる。
そんな中、勝真はにやりと笑った。
「いるだろ、こういう捜し物にうってつけな奴が」
「?」
「ま、すぐに分かるさ」
そして馬を引きつつ、東に向けて二人を誘った。



「事態は理解した」
勝真曰く、「うってつけな人物」は、いつも変わらぬ涼しい顔で告げた。
「泉水が笛を無くした、それを私に探してほしい、と」
「ああ。頼めるか?」
「申し訳ございません、泰継殿」
捜し物といえば陰陽術。そして彼等の仲間には凄腕の陰陽術師がいた。彼に頼むのが早いし確実だ。勝真はそう判断し、彼が住む森へとやってきた。
というわけだった。
指名を受けた泰継も、三人をぐるりと見て、
「問題ない」
と、いつもと同じに淡々と言った。頼もしい姿に三人は歓声を、
…あげるより前に、同じ声音で泰継が水を差した。
「だが、必要ない」
というより、終結させた。
「へっ?」
イサトがへんな声をあげるが、泰継に限って、冗談とか意味ないことは言わない断じて言わない。だから泉水はびくっと身を震わせ、胸の辺りで手を組みおずおずと問い返している。
「泰継殿、それは」
「お前にあの笛は不要だと言っている」
つまり、探さない、と、泰継は告げた。
「そうですよね……」
それは、
泉水にとってはありふれた前の答だった。最近、色々な事がありすぎて失念していたけれど、そうだった。自分の為に、泰継殿のような偉大で高名な陰陽師が、力を奮うなどあるはずがないのだ。
いつもの答に行き着いて、泉水は頭をさげた。
「お気を煩わせてしまい申し訳ありません」
けれど、繊細なその声は、
「ちょっと待て」
「それはねーよ!」
という、勝真とイサトの声で簡単に霧散した。
「何か問題か?」
割り入ってきた二人に顔を向ける泰継に、彼らは続ける。
「あるな、大いにある」
「あれは、泉水の大事な物なんだ。それを要らないとか、簡単に言うなよ、あんまりだろ!仲間だろ!」
「手伝える分なら当然、俺達も手伝うから、どうにか探してやってくれないか」
「頼むよ!」
畳み掛ける二人に、泰継は変わらず無表情だった。
けれど泉水の心が揺れた。
二人がこんなにも、言ってくれるのに、私は。ぎゅっと袖を握りしめ、とっさに顔をあげた。
「わっ、私からもどうか、どうかお願いします、泰継殿。あれは私に笛を教えてくださった方からいただいた、大切な品なのです。それを、なくした私が、私などがこうしてお頼み申し上げるのは、煩わしいかと思いますがどうか」
それにようやく、やはり無表情だけど泰継が泉水を見て口を開いた。
「だが泉水、お前は笛などに頼らずとも、十分に霊力を奮える。自信を持て」
それに……三人は仲良く首をかしげた。
「え?」
「なんだって?」
「笛などなくも、問題なく八葉の責務を全うできる」
そして、ようやく勝真が理解した。
「……そういう意味かよ!」
「どういう意味だよ」
はあ~~っと、勝真は盛大にため息ついたあと、イサトを見て、
「つまり、泰継は、笛は泉水殿が霊力を使うためだけの道具だと思ってたってこと」
「違うのか?」
次に、正真正銘真顔の泰継に説明した。
「違う。全然違う。笛は、楽を奏でるものだ」
「私には、それしかできませんから」
「そうだったのか……」
「『あいつ』もこの前、吹いてもらって喜んでたじゃん」
「そうだったのか……」
泰継の顔は、少しずつ、ほんの少しだけど曇っていった。
「すまなかった。ならば、引き受けよう」
それは小さな変化。でも仲間から見れば、彼が悲しんでるのがありありとわかったから。
「いえ、気になさらないでください泰継殿」
「そうそう。でも断られたときは一瞬びっくりしたけどな!」
泰継も間違えるんだな~、なんて思いながら笑顔で言うけれど、でも。
「あれが楽のためのものだとは。人の習わしは難しい」
その一言には、さすがに、
「いや、あんたの発想が豊かすぎるだけだから」
言わずにはいられなかった。


と、行き違いはあったけど、三人は無事、泰継に占って貰えることとなった。
彼らが見守る中、泰継は一人で着々と準備して、
「終わった」
まだ準備中だと思ってたのにいきなり告げて、三人を大いに驚かせた。
「早っ」
「さすが泰継殿、こんなにお早いなんて……」
「んで、どうだったんだ!?」
待ちきれないイサトが身を乗り出す。イサト殿それは泰継殿に失礼では、と、泉水はいささか気にかけたけど、泰継は気にもとめず、むしろ彼こそてきぱきと、
「翡翠に聞け、と出た」
事実を告げる。
それにやはり三人は驚いた。
「翡翠に?」
「ああそうだ」
まさか仲間の名前が出るなんて。しかも、あの海賊翡翠。
「まさかあいつが犯人、とかはさすがにないよな~」
「と、思うがな」
はははは~と笑い飛ばしつつも、心から笑えないイサトと勝真の声は乾き顔は軽くひきつる。その隣の泉水は曇り顔のままだ。
「ですが、翡翠殿といえば神出鬼没だと、神子がよくおっしゃられておりますゆえ、果たして無事に見つかるかどうか……」
「確かに」
「どうしましょう」
不安そうな声音。けれど、彼の肩が硬く叩かれた。
「お前は大きな力を持っている」
泰継だった。
「問題ない」
普段なら頼もしい言葉だった。でも今はなんとなく、不安を覚えてしまうけど、
でも三人は頷いた。
「ま、行ってみようぜ」
「ここにいても仕方ないしな。泰継、助かった」
「ありがとうございました」
「うむ」
泰継も頷いた。





泉水さまの笛にもなんか設定あったような気がするんですがうろ覚え祭ですみません
※シリアスではないです


「弁慶!」
良くも悪くも通る九郎の声は相変わらずうるさく響く。立派なはずの高館の天井がびりりと震えるのも、今も昔もかわりなく。
いささかの懐かしさと、それよりも進展ない嘆きを持ちながら、弁慶は首を横に振った。
「駄目です」
「どうしてだ!?」
「どうしてもなにも、理由はさっき説明したでしょう」
「だが……」
きっぱり言うと九郎は口ごもるけれど、弁慶を見上げる目はきらきらと、まるで無垢で、それを向けられるたびに弁慶は面倒な気分でいっぱいになる。
ふう、とため息ついて彼に苦言を言うのは弁慶の役目かもしれないけど、別に弁慶だって、九郎に、まして九郎が庇おうとしているものに冷たいことを言いたい訳ではないないのだ。
なのに分からない九郎に弁慶は繰り返す。否、九郎だって分かってないはずない、きっと。
「九郎こそ、いい加減自分の立場を把握したらどうですか?」
「それはっ……その、そうだが……」
ただそれ以上に、情に厚いのだ。特にこんな時だからなおのこと。
けれど弁慶は自らの腕を抱え淡々と告げた。
「分かりました、君にまで僕は冷たくて血が通ってないと思われているんですね、だったら話が早い、君を惑わせる存在をどうして許せましょうか」
「お前…」
その一言に、今までしおらしかった九郎の瞳に憎しみがこもった。背に小さな存在をかばいながらも、じり、と足を踏み出した、
と、その時、何かを勘違いしたのか物凄い勢いでどたばたと廊下を踏み荒らしながら、いくつかの足音が部屋に飛び込んできた。
「ちょっと、二人とも昼間から何やってるんですか!」
「そうですよ、痴話喧嘩は迷惑だからやめてください」
「ちっちちちちち痴話喧」
「違いますよ望美さん」
やってきたのは白龍の神子である望美と、幼馴染の譲、それに、彼らに引っ張られてきたらしい敦盛だった。
そんなに騒いでいただろうか。九郎の声のせいか。変化した展開に惑いを浮かべる弁慶を、案の定望美の大きな目が見上げた。
「じゃあ一体何してたんですか?」
「いえ、大したことではないんですよ、ただ……」
どう答えればいいだろう、と言葉を濁す、も、
「そうやってもったいつけるなら最後まで喋ってください」
「君は厳しい人だ……分かりました」
言われてしまえば、苦笑いで白状するしかなかった。
「実はですね、九郎が今しがた、動物を拾って来たんです」
「雨の中で小さく震えていたんだ……それを素通りできるわけないだろう!」
「ああ、九郎さんらしい」
「飼ったら駄目なんですか?」
もっともな疑問を口にしたのは譲。弁慶は言葉を選びながら返す。
「そうですね……ここが京だったら、それもよかったかもしれません。けれど、僕たちは今それどころじゃないでしょう?」
言葉に、把握した神子達は顔を曇らせ、九郎は唇を噛んだ。

九郎の兄頼朝に裏切られ、必死の敗走の末、なんとかこの奥州平泉までやってきた。それが半月前。今は怪異を探り正す、比較的穏やかな日々を送っている。
けれど鎌倉殿の敵襲はいつ起こるとも限らない、その果ても知れない……それが現状だ。

「確かにそうだ、だが、どうしてお前はそう敗北前提で考える!?」
「そういう癖なんだと思いますよ。それに、泰衡殿の預かりの身である僕たちが、更に食いぶちを増やしてどうするんです?」
「でも、それでもあれを見てなんとも思わなかったのか!?」
「思いません」
揺るがない九郎の言葉を即答で切り捨てた。
「九郎、そろそろ分かってもらえませんか? このままだと僕はまた酷い事をしなければならなくなる」
そして冷たく告げると、
「まっ待って下さい!!」
……弁慶が『それ』に何かすると勘違いしたのだろう、望美は慌てて、大げさに手を振って弁慶に向き直った。
「えっと、何拾ったんですか?」
途端、九郎の顔が輝いたのが忌々しかったけれど……ついでに、九郎はともかく望美に『それ』に何かすると思われた事に多少傷つきもしたけれど、
弁慶は戸惑いを装い返した。
「猫、ですが」
しかし望美の反応は大方の予想と異なるものだった。
「猫ですか…」
「あれ、先輩猫好きじゃなかったでしたか?」
「好きよ、でも、猫だったら敦盛さんがいるから……」
そして敦盛の腕をがしっと掴み、頭を愛おしそうに撫でた。
「みっっ……神子?」
「せせっせんぱい先輩何を!」
「敦盛さん撫でてると、落ち着くんです~」
「何を言い出すんだ望美、真面目にやれ!」
「ふざけてないです九郎さん。考えてみてくださいよいいですか、敦盛さんが猫じゃらしにじゃれたら、それはもう可愛いと思いませんか!? 私、それだけは譲れません」
「なんだと……?」
兄妹弟子はバチバチと睨みあう。一触即発の状態だ、けれど、そこで神子に抱かれた敦盛がぽつんと言った。
「いや、神子……私は猫ではなく、虎だから……」
「敦盛、たぶんそう言う問題じゃなくて……」
「虎も猫科だよね譲くん!」
「だから先輩そういう問題じゃ」
と、常識ある譲が一人で空回りをはじめたあたりで。「こんにちは、神子様……おや、猫ですか?」
音もなく近づいてきた人。銀だった。
「ああ、銀殿……」
「九郎さんが拾って来たんです。雨の中で震えてたんですって」
「ああ、そうだったのですか。それはかわいそうに……」
部屋に入り、事情を知るなり銀は、九郎が後ろ手に隠していた猫を両手に抱えて頬を寄せた。
「親猫とはぐれてしまったのでしょうかね。冬の雨は冷たい、九郎殿に出会えてよかった」
「銀殿、わかってくれるのか!」
「はい、勿論。私も泰衡様に拾われた身、他人ごととは思えませぬ」
がし、と、九郎と銀は両手を掴んで結託した。それに九郎の顔が一気に明るくなり、望美もさっきまでと一転、何かひらめいた、と言わんばかりの笑顔になった後、おずおずと猫に手を伸ばし、柔らかな毛並みに指を絡めながら銀に微笑んだ。
「ねえ銀、泰衡さんに相談できないかな?銀や金を拾ってくれた人だもの。この猫を私たちが飼うことを許してくれるかも」
「そうだ、泰衡に相談しよう、あいつはいいやつだからな、どうにかしてくれるに違いない」
「ええ。神子様の願いでしたら、我が主はきっと理解してくれるでしょう」
話は急にまとまってきた。が、そこに水をさすのはやはり弁慶だ。
「おや望美さん、猫は敦盛くんがいるから、要らないのではなかったんですか?」
「猫は、敦盛さんに抱いてもらうことにしました。私はその二人をまとめて愛でます。更に幸せです」
「先輩……」
譲は呆れたように、または諦めたように息を吐いた。完全に困惑した敦盛も続く。
「だが、猫は可愛いが、やはり私たちと関わらない方が、幸せなのではないかと思う。戦も近い……」
「何を言う敦盛!」
「九郎さん、敦盛さんを悪く言わないでください」
「望美!?」
「九郎さんのバカ!」
「先輩、九郎さんも落ち着いてくださいよ……」
結局、またも常識人譲が一人で天を仰ぎ、
「ああ、こんな時に景時さんがいてくれたら……」
心の底から呟いた。
それに皆が一斉に黙った。
景時。いつも笑顔で皆を和ませていた彼は、今はもう。
「……俺は、きっと景時には何かがあったと信じてる」
「九郎さん…」
空気を否定するように、九郎が重く、ただしきっぱりと言った。
「俺はともかく、あいつが望美の事を裏切るとは思えないんだ」
それを皮切りに、皆が口々にここにいない仲間を語りはじめた。
「そうですよね、きっと事情があったんですよね!」
「俺にも凄く優しくしてくれた人でした」
「武士には武士の理由があるのだろう。私も、そう信じている」
と、しみじみしたところで、銀から猫を受け取った望美が、あることに気付いた。
「あれ、よくみればこの猫、景時さんに似てませんか? この、頭の毛がツンツンしてるところとか」
すると皆が一斉に猫を見た。
「ああ、本当だ、似てますね。お腹の毛が白いのも、なんだか景時さんを思い出します」
「なんとなく、気が抜けてそうなところも似てますね」
見つめられ、猫は居心地悪そうににゃあんと前足で顔を洗う。その姿を見、九郎が目を輝かせ、拳を握った。
「きっとこれは、天の思し召しに違いない! よし、これからこの猫は景時だ!」
「景時さん!」
「そうと決まれば望美、泰衡の所に行くぞ!」
「私もお供します」
「これからはずっと一緒ですよ、景時さん!!」

この館に、こんなにも明るい声がかけめぐったのは久しぶりだった。
それは平泉の秋を遠く包む白青い空へなめらかに吸い込まれていった。まるで、景時の元までも届いてしまいそうなほどに。




「ってことがあったんですよ」
穏やかな声で弁慶は言う。膝の上に二匹、左右にそれぞれ二匹、頭の上にももう一匹、猫を乗せて。
「だからこんなにあんたが猫に囲まれてるわけ」
「そうですね」
「……似合わねえ」
「奇遇ですね、君と意見が合うなんて」
穏やかさに、西からの逃亡中に変なものでも食べたのかとひやひやしたけど、そう口にする様子はいつもの叔父らしくて、ヒノエは安心した。性格の悪さにほっとするというのも変な話だけど。
そして、のほほんと縁側に腰掛ける弁慶の所から近づいてきた一匹の、景時と呼ばれた灰色の猫を抱え上げた。
「にしても、最初は一匹だったんだろ? なんでこんなに増えてるんだ?」
「九郎が拾ってきたに決まってます。この三毛が、たま。なんでも望美さんの世界で猫といえばたまなんだそうですよ、茶色いのが経正…ああ、敦盛くんのお兄さんだそうです。で、そっちの白いのが望美、で、黒いのが黒龍、だったかな?」
「覚えてないのかよ。酷い奴」
「僕は彼らほどは猫に愛は注げませんから」
「へえ、なのに捨てようとは思わなかったんだね?」
「君が僕をどう思ってるのか、今のでよく分かりましたよ、ヒノエ」
「日頃の行いだね」
振り返った叔父は勝ち気にヒノエを見ていた。全然困ってる顔じゃない。ヒノエもまっすぐに跳ね返した。
「ったく、よく言うよ」
「なにがですか?」
ヒノエの言葉に、弁慶はとぼける。けどヒノエには見当がついている。
「九郎にはとりあえず諦めさせて、後でこっそり隠れて餌をやるつもりだったんだろ?」
「まさか。言ったでしょう?僕はそこまで猫が好きな訳じゃない。ただ、九郎が一人で勝手に飼うと、やはり立場が悪くなりますからね。後々泰衡殿に厭味を言われかねない。はっきり言って嫌です。だから、偶然望美さんが来てくれて、尊き白龍の神子の、清らかで優しい心で猫を飼いたい、と言ってくれてよかったった、という形になってよかった、と思っていた所ですよ」
「……ほんとに性格悪いよね」
せっかく誉めてたのに。しかもそんな内容を、姫君を讃える口調と同じように言うものだから、ヒノエはげんなりした。つくづく心配して損した。
「ああ、そういえば、」
呆れたヒノエを無視して、弁慶は頭上、黒衣の上でくつろいでいる白猫を指し笑んだ。
「この頭の上にいる猫、ヒノエ、って名前ですよ」
「……命名は姫君?」
「譲くんと九郎です」
「うわあ……それ、微妙」いよいよもはや逃げ出したくなってきた。
だからヒノエは最後に言った。
「でもやっぱり、あんた丸くなったね。老けた?」
「奇遇ですね、僕もそう思います」
意外にも叔父は同意した。そして静かにヒノエから視線を庭へと外していった。
「正直、自分でも意外でした。気が抜けたのかもしれないな、ここは、平泉だから」
「懐かしい、って?」
「ええ。信頼に足る人が、いくらでもいますからね」
言う叔父の顔は良く見えなかったけど、彼の膝の上や側で相変わらずに猫はにゃあんと寝そべりごろごろと喉を鳴らしていた。
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